ーー16年2月には、日本銀行による超金融緩和政策が始まりました。

 石井 いわゆるマイナス金利で、経営環境が急変しました。当行は北海道でトップバンクとしてたくさんの営業基盤を持っていますが、これらを活用した収益力の強化に取り組むとともにコスト構造を抜本的に変えることにも尽力しました。営業店のバックオフィス業務は、基本的に廃止するとともにITの導入など、営業活動を効率化する取り組みも行いました。ですが、収益力強化とコスト構造の改善は、まだまだ十分ではありません。これも安田頭取にかなり精力的にやってもらっているところです。

 ーーご自身が考える創造的金融集団のイメージは。

 石井 よりクリエイティブな発想を持って機動的に動くことです。私がずっと以前から思っていることは、スピードの重要性です。決して受け身にはならず、自ら考え、周りの人たちと議論をして新しいものをつくり上げていく、そういったことを目指した人材集団になってほしいという思いです。

 ーーそういう行風が、北洋銀行には足りなかったということですか。

 石井 それもありますが、環境が変わったことが一番大きかった。規制金利から金利の自由化が始まって、銀行の業務がかなり幅広くできるようになり、それに対応できる人材が必要になりました。今までは、全部決められた中での業務でしたが、そういった制約要因がなくなった時、いかにして企業集団として創造性を発揮できるかということは、サスティナブルな企業をつくるという面でも大切なことだと思います。もっと言えば、環境の変化に促されるのではなく、むしろ変化や時代を先取りし、それを行動に移していくことが求められます。そのような姿勢が結果的にお客さまに役立つことに繋がると信じています。

 ーー典型的な例が、『石井ファンド』と言われた『北洋イノベーションファンド』ですね。

 石井 出資先の議決権のない優先株など種類株を保有することで5%を超えて出資できるイノベーションファンドを、頭取就任時の12年4月に作りました。これまでの取り扱い実績は約7億円で、出資先は39先になっています。今は名前を変えて新しい時代に即した『SDGs推進ファンド』として引き続き対応しています。

 ーー銀行の役割は、社会にお金という血液を回すこと。血行不良になると細胞が死んだり元気がなくなったりするように、お金を循環させることは非常に大事ですね。その責務をバンカーは担っているわけですが、バンカーとして50年近く活動されてきて、石井会長が大事にしてきたことはどんなことでしょう。

 石井 民衆からの信頼がなければ政治は成り立たないという意味の『信無くば立たず』、この言葉に尽きます。お客さまの信頼があってこその銀行業であり、バンカーです。これを信念として若い頃から持ち続け、頭取に就任してからも言い続けてきました。経営に関わるようになってからは、株主などステークホルダーからの信用をどう高めていくかも大事なことになりました。

 ーー69歳での退任となりますが、なぜこの時期に退任を決意されたのですか。

 石井 4月になると頭取、会長に就任してから9年が過ぎ10年目になり、私自身の大きな節目でもありました。変化の激しい時代ですから新たな時代に対応できる人材を育成していくことが急務であり、世代交代の中でパワフルな組織になってもらいたいと考えました。決断したのは、昨年末です。年明けに安田頭取に辞任の意向を伝えました。

 ーー悩むことはありませんでしたか。

 石井 決断ですから、何も悩むことはありませんでした。

 ーー今の心境を親しまれている古典の中から紐解くと。

 石井 なかなか出てきませんね。もう少し時間が経って、落ち着いたら出てくるかもしれません。

 ーー退任後はどうされますか。

 石井 公職が多いので、それらをどうしていくかを考えなくてはいけません。銀行の業務からは完全にリタイアしますので、非常勤顧問として週に1~2回の出勤になるのかなと思っています。



23人の方がこの記事に「いいんでない!」と言っています。