稚内信金前会長で現最高顧問の井須孝誠氏(77)の実母、キワさんの葬儀が9月25日、稚内市の葬祭場武藤はくぜんで行われた。葬儀には、信金関係者や商工会議所関係者、地元関係者など約700人が参列、会場に入りきれなかった参列者は別室でモニター画面を見ながら故人を偲んだ。


井須氏は、稚内信金の理事長を7期、会長を3期務め、通算27年間をトップとして采配を振るってきた。
北海道信用金庫協会会長や全国信用金庫協会副会長のほか、日本商工会議所行財政特別委員会副会長、国土審議会特別委員なども歴任、
稚内商工会議所会頭には2001年から就任している。
名実共に稚内の実力者である井須氏の実母の葬儀ということで、東京や札幌から関係者が多く出席したほか、弔電の数も商工会議所関係が80通、信金関係が60通、官公庁が40通にも及んだ。
葬儀の最後には喪主である井須氏本人が故人の冥福を祈るように生い立ちを紹介。
それによると、キワさんは明治43年10月に当時の稚内村坂の下で漁師の娘として生まれた。高等小学校を卒業して寺江商店に奉公、その商店の娘と2人で東京に出たこともある。
昭和7年に父と結婚、翌8年に井須氏が生まれた。父親は国鉄の専務車掌をしており、井須氏が子供のころは恵まれた幸せな生活をしていたが、昭和18年に父が鉄道の入れ替え作業中の事故が元で死去。長男の井須氏のほか、弟、妹の3人の子供を抱えた母子家庭は、当時は悲惨な状態だったが、母は細腕ひとつで育てた。
井須氏は、「明治、大正、昭和、平成と4つの時代、一世紀を日本の近代化とともに生きてきたのは大したものだと思う」と101歳で旅立った故人に息子として最大の賛辞を贈っていた。
(写真中央が井須孝誠氏)

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