札幌学院大学(江別キャンパス・江別市、新札幌キャンパス・札幌市厚別区)が、創立80周年を迎えた。1946年、第二次世界大戦直後の混乱期に誕生した「札幌文科専門学院」をルーツに持ち、「構成員で創りあげる大学」という協働の精神が創立当時から現在まで連綿と受け継がれている。80年の歩みとこれからの札幌学院大学について、菅原秀二学長に聞いた。
<すがわら・しゅうじ>1957年1月生まれ、69歳。専門分野は、西洋史学(イギリス史専攻)。1979年3月北海道大学文学部史学科(西洋史学専攻)卒業、1982年3月北大大学院文学研究科(西洋史学専攻)修士課程修了、1988年3月北大大学院文学研究科(西洋史学専攻)博士課程単位取得満期退学。1989年4月札幌学院大学人文学部専任講師、1997年4月同大同学部助教授、1999年4月同大同学部教務委員長、2003年4月同大同学部教授、同学部英語英米文学科長、2007年4月同大広報入試部長、2011年5月学校法人札幌学院大学常務理事、2025年4月学長。
――札幌学院大学は今年、学園創立80周年を迎えました。まず、創立の経緯を教えてください。
菅原 札幌学院大学の歴史は、1946年、第二次世界大戦直後の混乱期に誕生した「札幌文科専門学院」にさかのぼります。当時、新しい時代をどう生きていくのかを模索していた若者たちの学ぶ意欲に教職員が共感して、一緒につくった学校が始まりです。本学は一般的な大学のように、特定の創立者や組織がつくった大学ではありません。若者たちが集まり、さまざまなところから協力を仰ぎ、教員を集めて学校をつくったと聞いています。創立者が誰なのか、特定が難しいという意味でも、かなり珍しい成り立ちだと思います。
当時の「学ぶ意欲のある者に広く門戸を開放する」という考え方が、現在の「自律」・「人権」・「共生」・「協働」という理念に繋がっています。特に「構成員で創りあげる大学」という協働の精神は、創立当時から今まで受け継がれているのだと思います。
――その後、短期大学、4年制大学へと発展していきました。
菅原 最初は札幌文科専門学院として始まり、その後、札幌短期大学になり、1968年に札幌商科大学として、4年制大学となりました。その後も時代に合わせて学部・学科を改編し、1984年に札幌学院大学に改称し、現在に至っています。
学部を新設することも決断が必要ですが、時代の変化に即して、より学生の学びに繋がる学部を新設するために、組織をスリム化することも、非常に大きな決断です。そうしたことを繰り返しながら、時代に合わせて教育内容をアップデートしてきました。
――80年の歴史の中で、北海道でどのような役割を果たしてきたと考えていますか。
菅原 北海道を中心に地域社会に貢献する人材を送り出してきたことだと思います。これまでに5万4000人以上の卒業生を送り出しており、行政、企業、教育、福祉など、さまざまな分野で活躍しています。
以前は本州から来る学生も多く、大阪などにも受験会場を設けていました。現在は18歳人口の減少などもあって、2026年度入学者の道内出身者が9割近くにのぼります。北海道での学びを志し、社会を支える人材として巣立っていく。そういう意味で、北海道社会を支えてきた大学だと自負しています。
――80年の歴史の中で、大きな決断の一つが新札幌キャンパスの開設ですね。
菅原 私自身が関わった中では、新札幌にキャンパスを開設することが一番大きな決断だったと思います。18歳人口が確実に減っていく中で、札幌にキャンパスを一つ持つことには、大きな意味があると考えていました。歴史と伝統のある江別の教育環境を維持しながら、都市計画への参画や社会連携など、地域と「共生」する学びを拡張するために、札幌にも拠点を持つという考え方です。
当時は学内でもかなり議論がありました。同窓会からもさまざまな意見があり、「江別から出ていってしまうのではないか」という懸念もありました。そうした意見をまとめていくことは大変でした。
それでも、大学の将来を考えれば、札幌にキャンパスを持つことは必要だと私は考えていました。結果的に、新札幌への進出が決まった段階から経済経営学部・心理学部の志願者が増え、2019年ごろからさまざまな方に注目をしていただけました。


































