(写真は、菅前首相を囲んだ北海道経営未来塾7期生たち)
ところがここにきて、そのシステムがもたらす負の問題に人類は直面している。化石燃料の消費が生むCO2などの温室効果ガスが地球温暖化を引き起こし、線状降水帯による極端な集中豪雨や記録的な猛暑が続く中で発生する山火事の増加が懸念されている。国連は、こうした異常気象が地球温暖化と直接関係していると報告している。こうした中、国際社会では温暖化対策に真剣に取り組み、カーボンニュートラルを実現する機運が高まってきている。民間企業も株主、投資家、取引先などの利害関係者から環境対策の徹底を厳しく求められるようになってきた。しかしながら、我が国は、これまで思い切った方針を打ち出すことができなかった。
地球環境問題は、長期的な課題であると考えられてきた一方で、カーボンニュートラルがもたらす経済や暮らしへの短期的な悪影響を懸念していたからだ。私は、全人類的課題として地球温暖化問題にしっかりと向き合う必要があり、温暖化対策は経済活動の制約ではなく、むしろ新たな投資やイノベーションを生み出すものーーこうした発想の転換を行うべきだと考えた。様々な慎重な意見があったが、私が総理の時には誰とも相談をせず、一人で2050年カーボンニュートラルを宣言した。当然、誰かが反対するのではないかと思っていたが、私が宣言した後、誰も反対を主張する人はいなかった。不可避な課題であることを多くの方が認めつつある結果ではないかと思う。
温室効果ガスを2030年度には2013年度から46%削減することを目指している。さらに50%の高みに向けて挑戦することも決定している。昨年6月には、具体策としてグリーン成長戦略を取りまとめて、洋上風力や水素などの重要分野で高い目標と取り組む施策の工程表を決定した。一方でその挑戦を掛け声で終わらせないために、民間企業の皆さんに本気になっていただくことが必要。
このためには、政府が口先だけでなくリスクを取って実際の行動に移す必要がある。私自らが財務省を説得して、大胆なプロジェクトを支援する2兆円基金を創設した。その基金を使って、今まさに関係者の皆さんが目の色を変えて、真剣に様々なプロジェクトを開始している。今後はさらに税制、規制改革、技術を普及させるための標準化など、あらゆる施策を総動員して革新的技術の確立と実用化を進めていきたい。
グリーン成長戦略では現在、14分野を挙げている。具体的イノベーションの例を紹介する。カーボンニュートラルの実現のためには、温室効果ガスの8割以上を占めるエネルギー分野の脱炭素化が前提になる。そのために、再生可能エネルギーを最大限導入する。再生可能エネルギーの中でも、国土に制約がある日本にとって、特に大きな成長余地があるのは洋上風力。ヨーロッパの遠浅の海では、海底から風力発電の柱を立てる着床式が主流。
日本近海は水深が深いために、着床式に頼るだけでは限界がある。日本の技術力を生かして、海に浮かぶ浮体式の開発を進めることで、世界の市場を獲得することができる可能性がある。日本と海の状況が似通っているアジアへの展開も念頭に、浮体式洋上風力を含めた技術開発支援などに取り組んでいく。2兆円の基金から約1200億円を割り当てて、技術開発や社会実装の支援をしていく。また、風車の部品点数は数万点と数多くあり、すそ野となる中小企業に大きな波及効果も期待できる。ものづくり技術を持つ中小企業の設備投資や、人材育成への支援もしっかり進めたい。
水素については、エネルギーを生み出す際にCO2を発生しないため、カーボンニュートラルの社会における重要な燃料となる。石炭の代わりに水素を活用することでCO2を出さないことが可能になる。国内でも様々なプロジェクトが立ち上がりつつある。私も昨年3月に訪問したが、福島県の浪江町では再生可能エネルギーから水素を製造している。水素は、県内の道の駅やオリンピックの聖火にも利用された。国内のみならず国外の水素消費拡大に向けて、オーストラリアなどの国際輸送網をつくることを目標にしており、既に世界初の液化水素輸送船を稼働させている。水素の分野には、基金から3700億円を投入、水素のサプライチェーン構築などに必要な技術開発と実証を行う。
さらに、アンモンニアもCO2を出さない燃料として期待されている。石炭火力発電所を縮小する動きが加速しているが、石炭をアンモニアに代替できれば、世界中の石炭火力発電所がクリーンな発電所に生まれ変わる。このために、まず石炭との混焼について2020年代後半の実用化を目指し、実証研究を加速している。基金から約700億円を投入し、石炭火力における燃焼技術の開発などに取り組んでいる。自動車の電動化も重要な課題。2035年までに新車販売で電動車を100%にする野心的な目標を決めている。このためには、地域の足である軽自動車のEV化、大型トラックの燃料電池化を実現させる必要がある。2兆円の基金からは1500億円を当てて、次世代の蓄電池や、モーターの開発、実証試験を進める。カーボンニュートラルに向けては、産業部門やエネルギー部門と並び地域の暮らしの脱炭素化が不可欠。住宅、建築物の断熱対策など省エネ対策や再生可能エネルギーの実装を進めていくことも大事。
その際、自治体にリーダーシップを発揮してもらうことが必要。地域金融機関や企業と一緒になり、元気のある地域の未来を担い、実現していくことが大きな課題。このために昨年6月、総理として地域のカーボンニュートラルに向けた取り組みを進める地域脱炭素ロードマップをつくった。200億円の交付金を措置、5年間で少なくとも100ヵ所の先行地域を指定する。4月には先行地域として26件が選定され、様々な地域の取り組みが始まっている。この秋には政府による金融支援を強化するため、脱炭素化実現機構が整備される。地域の再エネプロジェクトなど、地域資源を活用した脱炭素事業に対し、金融面からの支援も拡大していく考えだ。