グラフィックホールディングス山本壮一代表取締役が語る「起業と成長の鍵」

経済総合

 世界的な起業家表彰制度「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2016ジャパン」の北海道地区大会で、グラフィックホールディングス(本社・札幌市中央区)の山本壮一代表取締役が特別賞を受賞した。インバウンドに特化した飲食事業を中核にした複合グループで、SNS時代を果敢に攻め込む“おもてなし発信企業”の側面も持つ。10月11日に札幌市中央区の札幌グランドホテルで行われた北海道地区アワードセレモニーで山本代表取締役は、受賞スピーチとして起業のきっかけやグループの成長戦略について話した。IMG_8935(写真は、スピーチする山本壮一代表取締役)

 グラフィックホールディングスは、2003年に創業、今期で14年目になる。社員の平均年齢は20代後半、経営陣は全員が札幌生まれで生粋の札幌企業だ。私は現在35歳、幼少時代はサッカーに明け暮れる毎日だった。何不自由なく生活していたが、中学生になったばかりのころ、夜に突然かかってきた1本の電話で家族を取り巻く環境と私の人生は大きく変わってしまった。
 その電話は私のたった1人の兄弟である姉が亡くなったという電話だった。あまりにも突然すぎる出来事に家族みんなが奈落の底に落とされ、死亡事故のニュースが流れるたびに家族は聞かないふりをするほどだった。外に出ると近所の人たちが優しく接してくれる。それがかえって事件を思い出すことに繋がり、外出することも控えるようになった。

 そんな中、一念発起して家族でヨーロッパ旅行に出かけることになった。そこで家族が前向きに明るくなれる、大きなきっかけをもらうことになった。知らない異国の文化に触れ、その空間に自分がいることに満足するという独特の感覚を覚えた。
 そこでデザインマネジメントという考え方にも初めて触れることができた。この経験によって日本に2つしかない観光学を学ぶ大学を見つけて進学。旅行業、観光学、北海道の観光資源を学んだ。しかし、卒業前に9・11米国同時多発テロが発生し、旅行業界は大打撃を受けることになった。

 観光に携わるチャンスが失われたが、家族で初めて行った海外旅行で感じたデザインマネジメントを活かした仕事を発見するため、卒業を待たず21歳で学生起業した。就職経験も社会人経験もなく信用もお金も実績もなく、本当に何もなかったが仲間とともに活動をスタートした。
 実績と信用の担保がないのは本当に苦しかったが、経験がないからこそすべてのものに固定概念を持たずチャレンジできた。スタッフを従業員とはとらえず、一緒に走ってくれる仲間だということを本気で考えてきたことが、起業家としてここまで活動できた要因だと思っている。

 事業拡大について、従来の業種という概念にとらわれず、アパレル店に飲食店を併設したことをきっかけに様々なコミュニティを掛け合わせて、新しい価値や新しいサービスを生み出す複合的な要素を目指して展開してきた。
 事業を掛け合わせていくことは、ユーザーが情報を発信・媒介するSNS時代には最も効果的な手法であると捉え、この手法でF1層(20~34歳の女性)、M1層(20~34歳の男性)向けの新しい事業、サービスを貪欲に追求していくことになった。今ではアパレル×飲食、IT×車、そして障害福祉×不動産など様々な業種の掛け合わせによって10の業種を展開する複合グループへと成長した。

 2012年、台湾の旅行会社との出合いによって現在の訪日観光が旅行者のニーズを満たせていない現状を知った。日本の観光は私が大学で勉強してきたことから大きくかけ離れていた。このままでは二度と北海道には来てもらえないのではと思うような内容で、とても残念な気持ちになると同時に使命感も生まれた。
 卒業時は観光の仕事に就くことはできなかったが、今こそ追求してきた10の業種を集結させてこの問題に向き合いたいと思うようになった。

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