「森彦本店」などを手づくりで完成させ、人生がポジティブに捉えられる空間価値を提供してきたアトリエ・モリヒコ(札幌市白石区)。代表取締役アートディレクターの市川草介さんは学生時代に千利休の本を読み、感銘を受けたという。総合芸術プロデューサーこそ自分のやりたい仕事だと確信、ぶれることなく貫いてきた結果として現在のアトリエ・モリヒコがある。市川さんの素顔に迫ろうと試みたインタビューの後半を掲載する。(写真は、アトリエ・モリヒコの市川草介代表取締役アートディレクター)
ーー市川さんの現在の職業を問われたら、何と答えますか。
市川 名刺には「代表取締役アートディレクター」と書いています。僕は、会社の経営者はアートディレクターだと思っている。会社の表現に関する全責任者で、社名からロゴマーク、商品のパッケージ、店舗デザインなど自分の審美眼で決めなければいけない。人任せにはしておけない。それでこの肩書を必ず入れています。会社はアイデンティティそのもの。自分と違う考え方の会社を作っても仕方がない。細部まで自分の生き方、考え方が反映するものです。
ーーこのお店(Plantation)も居心地の良い空間ですね。
市川 この店は、4店舗目ですが以前はボイラー工場だった建物。僕は偏屈なところがあって、普通ではない建物を商業空間に変えるのが大好きでとてもワクワクします。築60年、波止場のドッグのような建物で、梁の錆を見た時、これはすごいと思って借りました。いつもそうですが、家賃は結構しますから採算はなかなか合わない。でも「えいやー」と借りてしまう。今でもそう。悪い癖ですね(笑)。
モリヒコはチェーン店ではありません。1店舗ずつ“つくり”やメニューが違う。僕のやっていることは経済合理性を欠いていることだらけ。しかし、時代がそれを求めている。コーヒーで言えば、ハンドドリップのコーヒーを飲みたいためにお客が1時間待ちをする現象も起こっています。東京ではより顕著で、マシンドリップとハンドドリップではお客の入りが全く違う。自分のための一杯をきちんと淹れてくれることに代金を払う理由が生まれてくる。つまり非合理なものに経営者が向き合わないと経営できなくなってきた時代なのです。
ーーコーヒーを淹れる人、ブレンドを調合する人など人材募集や人材教育はどうしていますか。
市川 当社もかつては人材教育に多額のコストを投入していました。それがどう実ったかはなかなか評価できませんでした。ある時、人を教育すること自体がそもそもおこがましいのではないかというところまでいって、今はお客に育ててもらうという考えになっています。つまり僕たちが最高の空間価値を提供して、最高に品質の高いコーヒーとスイーツを提供します。そこで働くスタッフは、それを求めてくるレベルの高いお客に徹底的にしごかれる。恥をかかないためには、お客から学ぶしかありません。経営者がいくら強く言っても直らないけれど、お客から一度怒られるとよく理解する。そういうことを目の当たりにする中で人材教育をやめました。
ーー人材採用は社長自身が決めるのですか。
市川 今の若者たちは店長のように責任のあるポストを敬遠しがち。「リーダーはやりたくない」とそこから遠ざかった生き方をする人が多い。しかし、店長が独立して自分の店を持つとか、夫の転勤に付いていくなどで止むを得ず店長にならなければならない社員が出てきます。決してポジティブな選ばれ方をしていない。
でも立場が人をつくると思っています。僕もそうですが、好んで会社の経営者にはなったわけではない。僕が社長になったのは、コーヒー豆のネット販売を始めようとしたところ、クレジット決済の機能をネットに付けるためには法人格でなければできないと言われたから。仕方なく法人化しました。その時、初めて代表取締役になりました。どんな仕事をするのだろうと調べたほどです。今から13年くらい前のことですかが、それから社長としての自覚を時間をかけながら自分でつくってきました。