メルカリ山田進太郎CEO「夢があれば続けられる」、北海道経営未来塾でオンライン講演

経済総合

 北海道の若手経営者を国内外で通用する一流経営者に育成する産学協同の「北海道経営未来塾」は28日、札幌市中央区の札幌パークホテル1階テラスルームで、今年3回目となる講演会を開催した。今回の講師は、フリマアプリのメルカリ(本社・東京都港区)・山田進太郎代表取締役CEO(43)。山田氏は参加した塾生37人を前に、オンラインで起業に至った経緯などについて講演した。(写真は、北海道経営未来塾でオンライン講演するメルカリの山田進太郎代表取締役CEO)

 山田氏は、愛知県出身で1996年に早稲田大学入学。当時はインターネットの普及が始まった頃で、山田氏も「これからすごいことが起こるとワクワクしながら入学した」という。当時は、漠然と起業を考えていたそうだが、孫正義氏や渡邊美樹氏、久夛良木健(くたらぎ・けん)氏らの講演を聞き、「自分には起業できないな」と感じ、普通の大学生活を送ることにしたという。

 大学2年だった19歳の時に早大の情報を発信するサイトの運営サークル「早稲田リンクス」に入部。
「小中高と地味な性格で、集団で行動することが苦手だったが、同期に推されてリーダー役の幹事長になった。この時、リーダーを経験したことで、集団で物事を成し遂げていく面白さに気づいた」
 1999年21歳の時、卒業後の就職先として、その頃スタートアップ企業だった楽天で内定者インターンとして働き始めた。まだ社員20人ほどで勢いがあり、山田氏もオークションサイトを一から作ることになり、ネットサービスのつくり方を学んだ。

 その頃になると、ビットバレー(渋谷のネット関連ベンチャーが集積する地域の呼称)が盛り上がり、「この流れに乗らないのはまずい。自分でやろう」と2000年2月、楽天の内定を辞退してフリーランスで働くようになる。早大卒業後もフリーランスを続け、「ひたすらお金を貯めてアメリカに行こうと思っていた」。01年から02年にITバブルが崩壊、ネットの期待度が急速に萎んだが、「いろいろな仕事が舞い込んできて結構良いフィーももらっていたので、順調にお金が貯まっていった」という。

 04年26歳で念願のアメリカに渡り、サンフランシスコで1年間過ごす。
「現地の食事が美味しくなかったので、知り合った日本人と一緒に日本食レストランを開こうと物件探しも行ったこともある」
 その傍ら、映画の情報サイトを作って月間100万人のユーザーを獲得していた。「やはりネットビジネスに賭けよう」とレストラン開業を諦めてシリコンバレーを訪問、最先端のトレンドの中に身を置いた。

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