年末が近づくにつれて1年を締めくくるような出来事が増えてくる。新語・流行語大賞もその一つ。今年選ばれたのは『神ってる』。広島カープの活躍を象徴する言葉。日本一を獲った北海道日本ハムファイターズの『二刀流』や『俺のために勝ってくれ』はトップ10にも入らなかった。むしろ選ばれなかったことに重みがあるように思う。(写真は、11月20日に札幌駅前通で行われた優勝パレード)
食の個人化が進むように時の個人化も進んでいる。1人で過ごす時間が増えSNSで繋がる宇宙が時代感を共有できるツール。テレビが1億人に共通の時代感を作ったのは過去の話。1人ひとりの時代感が舞っている中で、新語・流行語大賞は拡散する時代感を結着させる意味がある。同時代感をより多くの人が味わうには効果的だ。
しかし拡散している時代感を結着させても長続きはしない。だからこそ昨年や一昨年の新語・流行語大賞が思い出せない。『神ってる』も、選ばれた瞬間からそんな宿命を背負わされた。
拡散され舞っている個々の時代感はそのままにしておくのが良い。自然と引き寄せられて塊になるまで放っておく。無理に固めてしまえば再び拡散していくだけ。言葉に宿る時代感とはそういうものではないか。
翻って日ハムの『二刀流』や『俺のために勝ってくれ』――。新語・流行語大賞という結着剤のコンテンツに選ばれなかったのはむしろ良かった。日本一に輝いた日ハムの150回を超すドラマから染み出してきた言葉は、『点滴 岩を穿(うが)つ』ほどの力がある。染み出してきた言葉だから日ハムファンや道民のこころを動かす。流行語として消費されては堪らない。
広島ファンたちにとっても新語・流行語大賞に選ばれたことは、めでたさも中くらいではないだろうか。