ハンディキャップスキー大会で春の手稲山を滑走、札幌稲雲高校生も運営ボランティア参加

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 春が近い白銀の斜面をシュプールを描きながら次々と滑走していく障害者たち。身体や知的障害を持つ大人から子供までの男女58人の選手が今年も札幌・手稲のスキー場に勢揃いした。北海道で唯一となったハンディキャップを持つ人たちのスキー大会。真剣な眼差しで滑り降りて行く姿はアスリートそのものだ。DSC_7138
IMG_3739(写真は、1本スキーやチェアスキーで滑走する参加者)

 22日、札幌テイネ聖火台オーシャンコースで行われたのは、第36回全道ハンディキャップスキー大会と第19回札幌大通ライオンズクラブ杯ハンディキャップメモリアル大会を兼ねたスキー大会。50歳代から5歳までの障害者たちがスキーの腕を競おうと道内各地から集まった。
 
 かつて道内には3つの障害者スキー大会が開催されていたが、国や道の大会は資金難から中止に追い込まれ、13年前からはこの大会のみが唯一の場になっている。
 
 1本スキーや2本スキー、チェアスキー、ガイドとともに滑るブラインドスキーの選手たちが上級、中級、初級、年少者クラスに分かれて日ごろの練習の成果を競った。上級クラスは滑走タイムを競うが、そのほかのクラスは申告したタイムと実際の滑走タイムとの差が少ない順に順位を決める競技規則を取り入れている。
 
 午前10時から始まった競技は12時過ぎまで続き、コースの途中では運営ボランティアとして札幌稲雲高校の生徒約60人が見守った。旗門を通過してバランスを崩し倒れる選手もいて、そのたびに高校生が心配そうな駆け寄る姿も見られた。

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IMG_3783(表彰式でメダルを授与された年少者クラスの上位者=写真上、シーハイルと全員で三唱した=写真下)
  
 クラブハウスで行われた閉会式で小林敏勝北海道ハンディキャップスキー協会会長は、「天候に恵まれ素晴らしい大会となり多くの人に感動を与えた。参加した障害者の皆さんが良い顔をして次々にゴールしてくれたのが嬉しい」と挨拶。表彰式では、障害者スキー大会を全国で広めた故三笠宮寛仁殿下が考案したデザインのメダルが上位者に授与された。最後は、この大会で恒例となったシーハイル(ドイツ語でスキー万歳)の三唱。自らも障害者でインスブルックの国際障害者スキー大会に参加したこともある野呂幸司氏(道ハンディキャップスキー協会参与、札幌大通ライオンズクラブ会員、ディール企画社長)の音頭で参加者全員が「シーハイル」と拳を突き上げて叫び、今年の大会は幕を閉じた。

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