滝川市江部乙町の“地元の味”が戻ってきた。60年を超えて親しまれてきた味付けジンギスカンの専門店「小林ジンギスカン」。店主の高齢化で一旦は店を閉じたが、地元の若手経営者が会社をM&A、「味」と「屋号」を引き継いで再スタートを切った。地元だけでなく広く北海道、本州からも復活を喜ぶお客の声が届いている。
(写真は、復活した「小林ジンギスカン」。右から有限会社小林精肉店・和田真児代表取締役、野口翔吾店長)
「小林ジンギスカン」は、江部乙など道内産のりんご、玉ねぎを使い、輸入の羊肉を生姜と醤油で味付けしながら手作業で製造する味付けジンギスカンを販売してきた。初代が考案したレシピを守りながら娘婿の2代目、朝比奈茂夫さん(73)が町内の「本店」と「支店」で味を守ってきた。しかし、朝比奈さんは70歳を超えて健康に不安を感じるようになり、後継者もいなかったことから昨年初め頃から閉店を模索。その後、原料価格の値上がりもあって潮時と判断、昨年10月末に多くのファンに惜しまれながら63年の歴史を閉じた。
これで郷土の味も途絶えたかと思われたが、立ち上がったのが地元の商工会青年部の人たちだった。「小さな頃から慣れ親しんできた地域の味を継承するのは、私たちの責任。青年部の仲間同士で話し合ううちに、私が事業を引き継ぐことになりました」と和田真児さん(38)。和田さんは、地元で有限会社北辰営繕を経営している。40年続いてきた土木建築会社で、和田さんは4年ほど前に2代目として社業を切り盛りするようになった。現在は約10人の社員を率いて空知管内の公共工事を手掛けている。
和田さんを中心とした青年部の数人が朝比奈さんの元をたびたび訪れ、事業の引き継ぎを打診。朝比奈さんは、食品を扱う商売の難しさを身を持って体験してきたため、和田さんたちの本気度を確かめた上で事業承継を決めた。和田さんは商工会の指導員や地元信金と相談を重ね、個人で融資を受けて有限会社小林精肉店をM&Aした。
和田さんが全株を持つ新生「小林ジンギスカン」は今年4月1日にスタート。従業員は朝比奈さんの時代から務めていた1人を含めて4人。店長に就いたのは、野口翔吾さん(39)。野口さんは江部乙生まれで直前まで富良野市の「フラノマルシェ」にある生花店で働いていた。地元に戻ろうとしていたタイミングで青年部仲間を通じて和田さんの話を知り、店長を任された。
野口さんが言う。「4人で朝比奈さんから手ほどきを受けました。以前の味を再現できるまで、作っては試食するの繰り返しでした。朝比奈さんからようやくOKが出て、連休前の4月28日に店舗をオープンさせることができました」
オープン日には、復活を待ちわびた常連客らが店頭に並び、みるみる売れていったという。「皆さん、とても喜んでくれました。また来るからねと、言ってくれるお客さまもいて復活して本当に良かったと実感しました」と和田さん。
スタートしてから1ヵ月が経過し順調に売り上げを伸ばしているが、課題も見えてきた。「旧支店を利用していますが、製造スペースが狭いのが難点。また、冷凍庫も従来からのものを使っているので収容量に限界があります。今は、冷凍商品だけにしているので計画的に生産できていますが、今後はチルド商品も手掛けたい」と和田さん。
もっとも、事業をそれほど大きくするつもりはないという。「この味を細く長く続けていくことが大切だと思っています。ただ、この肉を使った焼肉店はやってみたいと思っています」(和田さん)。かつて江別乙にも商店街があったが、現在はコンビニエンスストア以外に目立った店舗はない。和田さんは「何もない江部乙と言われますが、ジンギスカンはキーアイテムに成り得ます。この街は可能性に溢れています」と話し、野口さんは「私は江部乙が好きだから戻ってきました。この店が江別乙に来てもらうきっかけになれば良いと思います」と話した。
北海道の街々には、地元の風土を凝縮したような味がそこかしこに残っている。しかし、多くは承継されることなく途絶えてしまう。「小林ジンギスカン」は互いに顔の見える小さな街にあったからこそ、存続の機運が生まれ次代に引き継ぐことができた。事業を譲った朝比奈さんは、「今後は若い人たちの考え方でこの町にふさわしい味をつくっていってほしいですね」と柔和な笑顔を見せた。