札幌市北区北8条西1丁目で進められている「北8西1」地区の再開発のあおりを受け、人気の居酒屋「燔」(ばん)が18日をもって閉店した。大正末期に建てられた建物の躯体を生かして何度か改装、「燔」は21年前から営業してきた。再開発を進める再開発組合と「燔」の間では、再開発の合意が得られていない。そうした中、常連客に惜しまれながら暖簾を畳まざるを得なかった。(写真は、北8西1再開発で閉店を余儀なくされた居酒屋「燔」)
「北8西1」再開発は、JR札幌駅の北口にある約2・1haを利用して48階建て高層マンションやホテル、オフィスビルなどを建設するもの。一人の地権者と複数人の借地権者らで再開発組合が結成され、今年3月に市から土地所有権や借地権などを再開発で新築される建物の床の所有権や賃借権に変換する「権利変換計画」が認可され、建設が本格的にスタートした。
しかし、敷地内にある2階建て約150坪の建物を賃借して200人収容の「燔」を経営していた加保武さんは、権利変換の前提となる不動産鑑定評価が適正になされていないことなどから、組合の要求に応じない姿勢を貫いてきた。
組合側は、加保さんに新しい建物の賃借権や立ち退き保証額を示したものの、加保さんはそもそもの不動産鑑定評価が納得できないとして応じなかった。これに対して組合側は札幌地裁に「建物明渡断行仮処分」を申し立て、10月8日に札幌地裁は明け渡し断行を認める決定を下した。
建物の明け渡し期限は、きょう10月22日のため、加保さんは急遽18日に閉店せざるを得なかった。「燔」は、市場のほかに産地から直接仕入れるルートを生かして滅多に食べられないブドウエビや深海のエビなどを提供。アンコウも夏場の安い時期に1t近く仕入れ、下処理をして冷凍保存、シーズンの冬場に低価格の鍋料理として提供するなど旨くて安いと人気があった。
閉店を聞きつけて常連客が花束を贈ったり立ち寄ったりして涙を流す人もいたという。加保さんは、「常連の一人は亡くなる前に知人らに『もう一度、燔の鍋料理を食べたかった』と言ってくれたそうです。本当に店をやってきて良かったと思います」と話す。店舗には料理人3人とアルバイト20人が働いていたが、閉店とともに職を失うことになった。
加保さんは、「再開発に協力しないわけではなく、不動産鑑定評価があまりにも低すぎることに疑問を持っているだけ。適正な鑑定評価をした上での権利変換なら納得しますよ」と語っている。加保さんは、現在、市と組合に対して権利変換の無効を訴える訴訟や補助金差し止めを求める住民訴訟などを起こしている。
再開発のあおりを受けて閉店した「燔」、そこに集まってきた人たちの人情が形づくってきた空間も再開発が消してゆく。