第74回 遠軽町埋蔵文化財センター -旧石器時代の北方アジアの楽園・白滝遺跡群-

連載 北のミュージアム散歩

 「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
 第74回は、遠軽町の「遠軽町埋蔵文化財センター」です。ぜひご愛読ください。

(合田一道)

■第74回 遠軽町埋蔵文化財センター
-旧石器時代の北方アジアの楽園・白滝遺跡群-

 オホーツク管内遠軽町白滝に黒曜石の埋蔵量が数10億トンもある赤石山があり、その山の南側を流れる湧別川の河岸段丘に多数の遺跡群がある。黒曜石は、火山の溶岩が急速に冷えて出来た天然のガラスで、硬く割れやすく石器の加工に適した。3万年前から1万2000年前までの1万8000年間の長期にわたり、この遺跡は利用され続け、石器の貴重な材料や完成された石器を求め、旧石器時代後期の人々が行き交う一大中心地だったと推測されている。

白滝遺跡は、平成元年(1989)、国の史跡となり、平成9年、新たに遺跡群が追加指定を受け、白滝遺跡群と命名された。平成22年、「白滝ジオパーク」として、日本ジオパークネットワークの加盟が決まると、この拠点として遠軽埋蔵文化財センターが設立される。そして、令和4年(2022)、黒曜石の石器など1900点余りが、国宝に指定された。この施設は、白滝遺跡群に関連した遺物が大量に展示され、札幌市から道央自動車道と旭川紋別自動車を経由して白滝インターチェンジで降りると、約3時間で着く。

 まず、この遺跡群の発見に貢献した人物のコーナーから見学しよう。
 大正12年(1923)、遠軽町民の遠間栄治が、白滝で大型石器を見つけ、アイヌ文化の遺物と考え、個人で発掘収集していた。昭和28年(1953)、明治大学在学中の吉崎晶一(後に北海道大学教授)らの調査により黒曜石の露出頭が見つかり、後に100以上の旧石器時代後期の遺跡が、集中して出土する。発掘調査から、石器の製作技法である「湧別技法」の存在が明らかになり、その後、本州や北方アジアを含む海外の遺跡から、白滝産の黒曜石が発見された。このことは、白滝遺跡群が、シベリアのバイカル湖近辺から東日本を含む広大な面積を持つ「湧別技法文化圏」と深い関係を持っていたことをうかがわせる。


昭和37年、白滝遺跡群を訪れた高松宮殿下に、資料を解説する遠間氏。
遠軽町埋蔵文化財センターのパネルから、左端が高松宮、右端の人物が遠間氏

 黒曜石のコーナーは、出土した多くの原石やこの原石から作られた石器が、驚くばかりに整然と展示されていた。考古学者が、世界中で発掘された石器の材料となる石の原産地を推定することが可能となると、白滝産の黒曜石は、新潟県(小瀬ヶ沢洞窟)まで拡がっていたのが分かる。その後、サハリン島南部のソコル遺跡から、大量の白滝産の黒曜石で作られた細石刃が見つかった。細石刃は旧石器時代後期を代表する打製石器で、小さく軽量で、長距離の持ち運びが出来る。この時代、サハリンと北海道が陸続きだったことから、白滝で作成した石器を持って、人々の往来があったかもしれない。そうなれば、この遺跡群はサハリンと陸続きのシベリア大陸まで、影響を及ぼしていただろう。
 その推測を裏付ける様に、最近、大陸の沿海州のマラヤ・ガーバニ遺跡や西方2000キロメートルも離れている中国東北地方の吉林省の遺跡から、白滝産の黒曜石や細石刃が確認されている。つまり、この遺跡群は、大陸まで拡がる広範囲な「湧別技法文化圏」のセンターだったと考えられないだろうか。


美しく輝く黒曜石の展示場。著者撮影

 分業システムを説明するコーナーに入る。昭和二九年の洞爺丸台風の被害の調査中、偶然に、赤石山の幌加沢遺跡にたどり着き、遺跡調査が始まる。その結果、黒曜石の採取から石器の製作・搬出と、製作工程の分業システムが分かり、集落も形成されていたのが確認された。ただ、土地が火山灰の酸性土壌で、石器しか出土されず人間の生活痕跡は不明であることから、どのくらいの人々が住んでいたかは分からないそうだ。


赤石山の標高差に応じて、役割分担があった。同センターのパネルから

 白滝産の黒曜石や細石刃が、どのような手段で拡散したのだろう。学芸員に聞くと、人々が運んだとか、近くの人間集団を介し玉突き方式の物々交換で流通したなどの仮説が立てられているという。だが、石器の情報だけでは、全く解らないらしい。しかしながら、狩猟を行うために、遠く白滝に良質な石器の材料が大量にあるという情報を、もし当時の人々が知っていたとしたら、新たな興味にそそられる。何故なら、旧石器時代の遥か昔、東北アジアと北日本の人々にとり、白滝という場所が、豊かさを求め心憧れる楽園だったかもしれないからだ。
 最後に、来訪者には、実際に石器などを作る体験コーナーもあり、その内容は充実している。


白滝ジオパーク内にある遠軽町埋蔵文化センターから見える赤石山。著者撮影

利用案内
住所:〒099-0111 紋別郡遠軽町白滝138-1
電話:0158-48-2213(代表)
開園時間:5月~10月(冬季休館)
開館時間:午前9時~午後5時
入 館 料:一般は320円(高校生以下160円)

付近の見どころ
丸瀬布温泉
 同じ遠軽町内の山間にある緑あふれる温泉街。
湧き出すアルカリ性単純湯は保温性が高い。リゾートホテルのマウレ山荘や日帰り温泉施設のやまびこやポッケの湯がある。

文・写真:河原崎 暢

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