「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
第71回は、札幌市の「イサム・ノグチギャラリー」です。ぜひご愛読ください。
(合田一道)
■第71回 -環境と空間彫刻芸術の発信基地-
モエレ沼公園「イサム・ノグチギャラリー」
「ガラスのピラミットの正面」(写真提供:モエレ沼公園)
札幌市の北東部に世界的彫刻家イサム・ノグチ(1904年~88年)が基本設計をしたモエレ沼公園がある。「モエレ」はアイヌ語で「静かな水面」意味している。
札幌市の清掃事業計画により、1979年から沼内陸部のこの場所がゴミ処理場となり、不燃ゴミ等の埋め立てが開始されていた。そこへ市の「環状グリーンベルト構想」により、拠点となる総合公園として、1982年にモエレ沼公園の造成が開始された。
1988年3月に始めて来札したイサム・ノグチは、ビニールゴミが風に舞う広大な土地を前に、未来の公園を創ることを夢見て、「全体をひとつの彫刻作品とする」というコンセプトで公園の基本設計づくりに着手した。半年後にはモエレ沼公園の基本構想がほぼ出来上がり、4度目の来札で最終調整、11月17日のノグチの84歳の誕生会には、モエレ沼公園のマスタープランとして1/2000の模型が披露された。その席でノグチは「これで私がいなくなっても、あなた方でできる」と話していたという。翌月の12月30日、ノグチはニューヨークの市立病院で亡くなった。
同公園はその遺志を引き継いだ人々の17年にも及ぶ共同作業によって、2005年7月にグランド・オープンを迎えた。
「イサム・ノグチギャラリー」は、公園内の「ガラスのピラミッド」の3階にある。この建物は公園の文化活動の拠点となる施設で、公園を象徴するモニュメントとなっている。ガラスで構成されたアトリウムに入ると、広々とした白い空間に陽ざしが燦燦とふりそそぎ、異世界に迷い込んだような感覚に囚われる。
ギャラリーはノグチお気に入りの「光の彫刻」とも呼ばれる照明器具「あかり」が随所に設置され、温かな空間が広がっていた。和紙と竹ひごが織りなす柔らかな明かりに包まれ、ほっと安堵できる。
ギャラリーには、パネル写真等で、モエレ沼公園の全容とイサム・ノグチがなぜモエレ沼公園に関わり、その全エネルギーをどのように注いできたか、小学生低学年でも理解できるように紹介している。「子供たちが集まる公園にしたいね」、「公園で子供たちが楽しむのをみているのが好きだね」、「人に役立つものができたら、芸術家として一番うれしい」と、パネル写真のノグチが笑顔で優しく語りかけているように思われる。
ノグチが29歳の時にプレイグランドを発想してから55年が経過し、そのアイディア(子供のための彫刻)を、その思いの丈のすべてをこの公園に注ぎ込むことができたのだろう。
「正面から見たギャラリー」(写真提供:モエレ沼公園)
ギャラリー内には、視聴覚コーナーが設けられており、ゆったりとした空間の中で、書籍、映像も鑑賞することができる。上空から撮影したパネル写真では、サクラの森(遊具エリア)、モエレビーチ、海の噴水、プレイマウンテン、モエレ山、テトラマウンド、ミュージックシェル、アクワプラザが地上絵のような光景を呈しているのがわかる。
ギャラリーを出ると、壮大なスケールの屋外空間が広がる。四季折々に自然の息吹に触れることができると共に、自然とアートが融合した景観を楽しむことができる。ノグチはどのような広場、遊具、建物であっても、多くの人々が、そこからあたたかな歓迎を感じ、再び、訪ねたくなるような魅力的な雰囲気づくりに努めた。
特筆すべきこととして、ゴミ処理場の跡地を公園化したことや、ガラスのピラミッドに自然エネルギーである雪を活用した冷房システムを導入していることが挙げられる。このことから、この公園は自然環境保全の観点でも注目を集めている。
ノグチは「モエレ沼は彫刻のある公園ではありません。公園全体が彫刻なのです」と語っている。モエレ沼公園は、彫刻家イサム・ノグチの創作活動の集大成であり、最後にして、最大の記念すべき作品となった。
「あかりに照らされたギャラリー」(写真提供:モエレ沼公園)
利用案内
住 所:北海道札幌市東区モエレ沼公園1-1
開園時間:7:00~22:00(入園は21:00まで)
休 園 日:なし(園内各施設は定休日あり) 入園料・駐車料 無料
お問い合わせ先:公益財団法人札幌市公園緑化協会 モエレ沼公園管理事務所
電 話:011-790-1231
交通機関:地下鉄東豊線「環状線東駅」からバスに乗り「モエレ沼公園東口」下車
付近の見どころ
「北大ポプラ並木」
北大キャンパスには、明治から続くポプラ並木と、平成のポプラ並木がある。平成のポプラ並木は北大創基125年を記念して、2000年10月に北18条第一農場の北側に東西に植樹した。重要文化財の札幌農学校第2農場は、現在は屋外のみ公開している。
文:黄瀨 芙美子 写真:モエレ沼公園提供