「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
第55回は、帯広市の「馬の資料館」です。ぜひご愛読ください。
(合田一道)
■第55回 馬の資料館
―十勝開拓で活躍したばん馬の記憶を残す―
馬の資料館の全景
JR帯広駅からバスで10分ほどのところに、帯広競馬場がある。ここは、国内で唯一残された、引き馬を使って馬の速さを競う、ばん馬の競馬場である。場内には、十勝の食を提供する「とかちむら」があり、その隣に馬に関する約600点もの資料を収集した「馬の資料館」がある。同資料館は、1990年(平成2年)6月1日にオープンした。資料館になる前の施設は、レストランであった。館内の展示内容は、1階、1階の別館、2階の3部構成からなる。
1階の木彫りの馬の前に、十勝の酪農と産馬に貢献したふたりの銅像がある。十勝酪農産業界の基礎を作った富永全(1896~1958)と、産馬王国十勝の産みの親で、初代帯広町長をつとめた奥野小四郎(1857~1915)である。
輓馬とプラウのレプリカ
順路に沿って渦巻き状に進むと、人と馬にかかわりについての説明板がある。その中で注目されるのは、1932年(昭和7年)のロスアンゼルス五輪で日本人として初めて馬術競技で金メダルを獲得した、バロン西こと西竹一(1902~1945)と名馬「ウラヌス号」との写真である。西は硫黄島での戦いで、最後まで名馬のたてがみを持って戦い、彼の戦死直後にウラヌス号が後を追うように死んだことは、2006年(平成18年)に公開の映画「硫黄島からの手紙」(監督クリント・イーストウッド、主演渡辺謙)でも語られている。
十勝地区の農村風景の写真、十勝畜産組合30周年を祝う新聞記事等の展示の他に、輓馬とプラウのレプリカがある。プラウとは、田畑を耕す農機具のことで、人間が使う鍬や鋤にあたる。戦後、トラクターの普及とともに使用する農家が無くなったが、明治期の農地の開拓は、大地に根をはった笹や木の根との戦いであり、大型の馬でなければ無理であった。明治時代の十勝平野の開拓に、必要不可欠だったことを感じさせるリアルな展示である。その近くには、実際の馬の飼育に使われた道具や運搬、農耕の道具、馬の写真等がある。さらに、馬の装蹄所を再現したレプリカもある。
装蹄所のレプリカ:昭和30年代の装蹄所の様子を再現
十勝地方では、1885年(明治18年)に静岡県松崎町から入植した依田勉三(1853~1925)らが、農耕馬を導入した。特に有名な農耕馬は、1910年(明治43年)11月にフランスから輸入した「ペルシュロン種イレネー号」である。これは、資料館の外に銅像として見ることができる。
隣接する1階の別館は、開拓当時に使用された、農機具や馬車、運搬道具類を展示している。機械化が進んだ今日では、使用されることのない農機具ばかりだ。
これらの展示物は、100人以上の個人や団体の善意の寄付によるものである。2019年(令和元年)に放送された、NHKの朝の連続テレビ小説「なつぞら」で、主人公の祖父の柴田大樹が十勝の大地で輓馬を使う場面や、ヒロインの奥原なつが古い農機具を使うシーンは、記憶に新しい。
2階へ行く階段のところに、本別駒踊りの展示と説明、写真がある。駒踊りは、もともと馬の慰安行事のひとつで、青森県出身の竹ケ原仁蔵らによって本別町に伝わった。
2階の展示物:写真の右下は、戦前に使用していた獣医の道具類の展示。
2階は、馬に関する資料や帯広競馬場の歴史についての展示が主である。戦前に発行された馬に関する文献の他、戦時中に獣医が使用した馬の治療器具や、種馬の成績表、血統書、馬籍(馬の戸籍)の原本、多数の神社に奉納された絵馬が展示されている。
帯広競馬場は、1932年(昭和7年)8月に設置された。設置管理者は十勝農業協同組合連合会である。ホッカイドウ競馬が初めてレースを開催した、道営の平地競馬発祥の地でもある。2006年(平成18年)に景気低迷による売り上げの減少で経営が悪化して、旭川、北見、岩見沢の三つの競馬場とともに廃止が決定したが、地元住民による存続を願う声により、砂川敏文帯広市長は廃止を撤回した。経営内容の改善により、現在は黒字が続いている。ばんえい競馬は「北海道の馬文化」を牽引したとして、2004年(平成16年)に「北海道遺産」に認定された。
利用案内
住 所:〒080-0023 帯広市西13条南9丁目1番地
電 話:0155-34-7307
開館時間:10:00~16:00(ただし夏期繁忙期は18:00まで)
休 館 日:12月初旬から3月初旬の毎週水曜日
料 金:入場無料
アクセス:JR帯広駅から十勝バスで帯広競馬場前下車。所要時間約10分
付近の見どころ:
帯広競馬場
1932年(昭和7年)8月開設。世界でも類のない、ばんえい競馬の競馬場。入場料は100円。15歳未満は無料。毎年、ばんえい最強馬を決定する重賞競争(BG1)を開催。ホッカイドウ競馬の他に、他の地域やJRA(中央競馬会)の場外発売も行っている。
文・写真 大渕基樹