85年間走り続けた列車が明日から走らなくなることに万感の思いが込み上げたのだろう。上坂隆一・月形町長(69)が札沼線石狩月形駅のホームで最後の別れを告げた挨拶は涙声だった。突然の別れが訪れた札沼線。ラストランが予定されていた5月6日から2週間以上も早い17日、いつもの通常運行が最後のお披露目になった。※動画はこちらの画像↓をクリックしてご覧ください

(写真は、石狩月形駅を出発する最終列車)
(写真は、石狩月形駅のホームで札沼線に感謝の言葉を述べた上坂隆一・月形町長)

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないことを受け、政府が全国に緊急事態宣言を広げ、北海道は特定警戒都道府県になったのが16日。JR北海道は廃止される札沼線北海道医療大学と新十津川間47・6㎞のラストランを当初の5月6日から4月24日に繰り上げていたものの、16日の措置を受けてさらに前倒しして17日午前10時新十津川発を最終運行に決めた。

 17日午前10時40分ころ、石狩月形駅には上坂町長の姿があった。詰めかけた町民に向けて上坂町長は、大きな声でこう訴えた。「ラストランとは違う形になったが、私は今日の空のように月形町の決断は間違ってなかったと思われる町づくりを今日からしっかりやっていきたい。札沼線が月形のために一生働いてくれた思いをしっかりと未来へ語り継いでいきたい。本当に、本当にありがとうございました」。挨拶の後、町長は札沼線に感謝の気持ちを示すように深々と頭を下げた。

 数分後に新十津川発の2両の気動車がゆっくりとホームに入ってきた。ホームには役場職員や町民ら約50人が集まり、『ありがとう札沼線』の横断幕も掲げられた。ヘッドマークも何も装飾されていない通常のキハ40の825と402。町民らが見送る中、列車はいつものように汽笛を鳴らしホームを出て行った。

(写真は、当別川橋梁を渡る最終列車)

 最終列車が石狩当別駅に到着したのは11時34分。札沼線の札幌~北海道医療大学までは電化されており、架線のあるホームに停まった。乗客を降ろし、列車はしばらくの間ホームに佇んだ後、11時44分、苗穂運転所に向かう回送列車となってホームを離れた。いつもの時刻にいつもの姿で走った最終列車。85年、鉄路の終焉にふさわしくない光景にもの悲しさが募った。
(写真は、回送になって石狩当別駅を発車する最終列車)


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