札沼線の北海道医療大学から新十津川までの47・6㎞が2020年5月7日に廃止されることが正式に決まった。当別町、月形町、浦臼町、新十津川町の沿線4町とJR北海道(本社・札幌市中央区)が20日合意したためで、1935年の全線開通から85年で全長76・5㎞のうち6割強の鉄路が姿を消す。(写真は、水田地帯を走る札沼線の気動車)

 札沼線はその名の通り、札幌と沼田を結ぶ鉄路。全線開通は35年で、新十津川と沼田間は国鉄時代の72年に廃止されている。札幌市中央区の桑園と当別町の医療大までは宅地開発が進んで人口も増え、鉄道高架や複線化、さらに2003年には電化されるなど通勤通学路線として定着。

 一方で医療大から新十津川までは、輸送密度(1㎞あたりの1日の平均輸送人員)が04年度から100人を切り、17年度は57人と道内でも最低の水準。営業費用3億2900万円に対して営業収益は1500万円、3億1400万円の赤字だった。

 利用がこれ以上増えることは見込めず、いずれ廃止に至ることは、沿線住民も少なからず覚悟していただろう。沿線4自治体とJR北海道の協議は2年間に及んだ。JR北海道は、廃止後のバス転換に伴う自治体負担20年間分14億8600万円とまちづくりの支援として3億3000万円の合計18億1600万円を拠出する。

 今回の廃止決定は、早くから廃止容認を打ち出していた夕張市の石勝線夕張支線を除けば、沿線自治体とJR北海道が難産の末ようやく廃止合意に至った初のケースだ。

 かつて先人は、札沼線開通でまちづくりへの決意を固めたに違いない。それから80有余年、鉄路を取り除く故郷の決断を先人たちはどう見ているだろう。時代を紡いでいく者は、未来に責任を持たなければならない。その自覚こそまちづくりの原点。廃止を奇貨として未来に繋がる歩みをどう描くか、先人たちが見ている。


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