世界の情勢を明確に分析し、それを持ち前の俯瞰力で分かり易く解説するのが三井物産戦略研究所会長の寺島実郎氏だ。物事を単純に見るのではなく、複眼的に観察して具体例を適示する寺島氏の『伝える力』は、モノを見る目を鍛える点で経済社会で働く社会人にとって欠かせない。道銀のシンクタンク、道銀地域総合研究所の設立記念講演会で寺島氏が語った『2013年の視座』から、アメリカと日本の関係に言及した部分を抜粋して掲載する。(写真は、14日に講演した寺島実郎氏)
 

「ペルシャ湾を囲んで、GCC諸国(湾岸産油国)のカタール、サウジアラビア、UAEなどは、今、油価が高いためにものすごい追い風を受けている。中部電力はカタールからLNGを引っ張ってきているが、アメリカのLNG価格の4倍以上もする高値のLNGを使った電気を我々は利用している。そういう高い買い手がいる追い風をうけてLNGファクター、原油ファクターで湾岸産油国は目の球が飛び出る目ほどの繁栄を謳歌している。カタールは去年一人当たりGDPが12万5000ドルだった。日本の一人当たりGDPは3万6~7000ドルに張り付いて動かない。ロンドンの高級百貨店ハロッズはカタール資本が買った。アルジャジーラという中東発信のテレビ局もカタール資本だ」
 
「リビアの反体制勢力に資金を出していたのもカタールだし、シリアの反体制勢力に資金を出しているのもカタール。日本にも東北復興、岩手の復興にカタールが資金を出している。それほど金持ち国家になっている」
 
「GCC湾岸産油国は、アメリカにとってバイタルインタレスト(死活的利益)だ。アメリカが権益を持ち、守りぬかなければいけないから、ペルシャ湾に艦隊を派遣してまでGCCは守り抜くという体制で構えている。ところが、ペルシャ湾の外縁部分にある国が引きちぎられ始めている。『なぜソマリアで海賊が跋扈しているのか』、『取り締まれないのか』と思うはずだが、アメリカのシーレーン防衛はそこまで手が延びない」
  
「それはこの10年間の変化が影響している。アメリカは、9・11でアフガン、イラクに戦争展開していったが、イラク戦争に反対していたオバマを大統領にしてイラク、アフガンから撤退。中東から段階的にアメリカは引き始めている。しかし、バイタルインタレストだけは守っていくという姿勢だ。そのために外縁のところが引きちぎられている。中東の守り本尊のように存在していたアメリカの中東を束ねる力が急速に落ちている」
 
「アメリカに代わってどこかが覇権を確立するという簡単な話ではない。中国やロシアも動いているが、覇権なき中東に向かわざるを得ないだろう。その際、親米のイスラムから動揺が来るのではないかと思っていたら、2年前の11月、チュニジア、エジプトの政変が起こりアラブの春と呼ぼうが中東の民主化と呼ぼうがアメリカの中東を束ねる力が急速に萎えていることの表れ」 
 
「9・11から11年経ってイラク、アフガンでアメリカの若者兵士6500人が命を失った。3兆ドルの軍費をかけて消耗しつくした。最近アメリカの経済を語るときに、『フィナンシャル・クリフ』=財政の壁どころか、崖が必ず出てくるが、それくらい財政難に陥った。その根底的理由は中東での消耗。予算削減に踏み切らざるを得ないところまでアメリカは追い込まれている」
 
「しかし、中東に依存しなくてもアメリカのエネルギー戦略は成り立つ構造になり始めている。アメリカはエネルギー自給体制を確立するのではないか。中東に手を取られなくても良くなったアメリカ――そういう構造に変化し始めている。それが、アメリカのアジアシフトという大きな構造転換の背景にあるシナリオ」
 
「アメリカのエネルギー戦略の変化の中で原子力はどうなっているか。日本では脱原発、再生可能エネルギー重視という流れの中で、アメリカは今年に入ってジョージアとサウスカロライナに4基の原発建設を認可した。福島の現状を横目に見ながら、スリーマイル事故が起こって33年間1基の商業原発も認可しなかったのに、4基の新設原発を認可した。それに加えて小型原発やトリウム原発にも国の予算が付いた。原子力ルネッサンスの方向に舵を切ったということだ」
 
「アメリカは原発103基体制を維持して、さらに新規の原子力技術の開発に力をいれるという方向に向かい始めた。オバマ政権は、グリーンニューディールと言って再生可能エネルギー重視に舵を切ってきたが、原子力派の人たちはこの政権がどう原子力を位置づけるのか注目していた。ところが、このタンミングで原子力に思い切りアクセルを踏んできた」
 
「日米原子力共同体という構造がある。ワシントンで原子力専門家に話をすると、『日本人としてあなた分かっているんだろうね』と必ず釘を刺してくる。『どういう意味か』と問うと、『自覚しているんだろうね、原子力共同体という構造であることを』と詰めてくる。日本はアメリカの原子力産業の市場、原子燃料の市場として期待され今日まで統計上54基存在している原発のすべてがアメリカ製。いかにアメリカの風下に置かれて市場として期待されてきたかということだ」
 
「だけど、このわずか6年間くらいであっという間にパラダイムが変わった。2007年、8年に東芝がウエスチングハウスを買い、日立は英国原発会社を買い、フランスのアレバと三菱重工は提携した。東芝、日立、三菱重工は日本のものづくり産業の中核企業。その3社が世界の原子力産業の中心に立っている」
 
「しかも、北海道の日本製鋼所室蘭は、世界の原発格納容器のシェア8割を握っている。ロシアの原発だろうが中国の原発だろうが、重要部分の8割シェアを日本が持っている。アメリカがこのタイミングで4基の新設原発作る方針を示したのは日本へのメッセージでもある」 
 
「4基の原発という話の実態は日立と東芝が動くという話だ。今、中国でウエスチングハウスの原発が4基進んでいるが、実態は東芝が動いている。台湾は7号機の建設に入っている。GEが元請けで実態は日立。要するに日米原子力共同体になっているということだ」
 
「日本人の甘さをアメリカは衝いてきている。共産党や社民党が主張しているように、アメリカの核の傘の外に出て日米原子力共同体を解消して脱原発に向かうというなら、僕は賛成できないものの論理的には一貫している。日本人の甘さというのは、北朝鮮がミサイルもどきを打ち上げて大変だと。中国尖閣問題は、不安でしょうがない。アメリカの核と抑止力に守られていないと夜も日もくれないというくらい虚弱な空気で向き合っている中で、日米原子力共同体というものに自ら踏み込んで、アメリカにしてみれば逆四字固めをかけられているようなもの。四の字固めにしていたつもりが、ひっくり返されて自分が苦しい立場になっている。要は、日本をパートナーにしなければアメリカの原子力は進まない状況になっている。それを前提にしながら『脱原発は可能だと思っているのですか』という質問にどう答えるのか」
 
「日本は世界から卑怯な国と思われている。自分の国の将来を担う子供たちのためには原子力危ないからやめた方が良い、しかもその選択も可能だと思わせる一方で日米原子力共同体だから日米で協力して世界中で原発売り込みましょうねと言っているようなもの。歯を食いしばっても安全性の高い原発に舵を切って踏み固めていくか、それこそ日米原子力共同体を解消してでも原発は辞めるというくらいの覚悟があるのかという話になってくる」
 
「アメリカでは再生可能エネルギーの行きづまり感が出ている。グリーンニューディールでスタートしたオバマ政権は、去年の9月に再生可能エネルギーで財政の壁、崖に突き当たった。太陽光、風力、バイオマスなど再生可能エネルギーは、政治的インセンティブをかけないと軌道に乗らないという弱点がある。補助金、助成金、固定価格買い取り制――『金はないよ』となった途端に頓挫する」
 
「さらに再生可能エネルギーでは米国の雇用を生まない。補助金、助成金ぶち込んで設置容量は増えた。ところが中国の太陽光パネルの会社が潤い、日本、欧州の風力発電関連の会社は潤ったがアメリカの企業は潤わないから富を生まないことに気付いた。雇用というのはアメリカにとって大変なキーワード。だから再生可能エネルギーはスーッと冷却してきた。追加コスト、安定化させるためのバックアップ電源、グリッド、小型分散型の発電を系統化するためのコスト、そんなことに気が付いて再生可能エネルギーは静かに壁にぶち当たっている」 
 
「再生可能エネルギーが全部だめだと言うのではない。アメリカの再生可能エネルギーの主軸はバイオマスエタノール。トウモロコシからのエタノールを10%くらいガソリンに混ぜて走らせている。食べ物から取れるバイオマスエネルギーで車走らせると食料価格の高騰を招くといって今問題になり始めている。そこで食べられないものから、つまりセルロース系とか海藻、木質由来の間伐材、大都市だったら生ごみの中からバイオマス抽出の研究が進んでいる。再生可能エネルギーの目玉としてバイオ関連の技術の転換がこれから起こってくるだろう。再生可能エネルギーが全部だめだと言う話ではなくて、踏み固まりながら流れて行っているのが現状だ」
 
「そういう中で、思いもかけない方向にアメリカが動き始めたのがシェールガス、シェールオイル。頁岩(けつがん)層の間にガスが埋蔵されているのは前から分かっていた。それを回収する技術を確立したベンチャー企業が3年前に現れた。それで一気に物語が変わってきた。非在来型天然ガスと訳すが、アメリカは世界一のシェールガス産出国になった。何が起こったかというとシェールガス価格の低下。2008年に12ドルくらい(百万BTU当たり)していたが、今年4月に2ドルを割った。現在は2・3ドル、11月末から12月にかけては3・7ドルまで上がってきた」
 
「日本の総合商社、三井も三菱も伊藤忠も住商も資源商社化になっているから、ものすごい勢いでシェールガスに投資している。5000億円単位の投資だ。しかし、この程度の価格ではなかなか採算に合わない。4ドル程度になると商業ベースにかかるくらい。その段階でぐっと行き詰っている」
「日本が入手している天然ガスは17ドル。原発を止めて天然ガスで電気つけている。メディアの論調では『電気は足りている』『夏場しのいだじゃないか』と。確かに物理的には足りている。だけど目の球飛び出るようなLNGを引っ張ってきて電気つけているから足りているように見えているだけ」
 
「来月2月にはカレンダーイヤーベースの貿易統計が発表になるが、今年日本は7兆円を超すLNGを買って電気つけた。そのうちの3兆円が原発を止めている分の追加コスト。7兆円と言ってもピンとこないかもしれないが、日本が海外から輸入している食糧の総額は5兆8000億円。それよりも1兆2000億円多いLNGを買って電気つけている。去年は31年ぶりに貿易収支が赤字に転落したが、今年はもっとすごい赤字の幅が出てくるだろう」 
 
「先輩たちが築いてきたアセット(資産)を切り崩して電気つけているということだが、これは必ず日本経済のボディにくる。当然のことながら電力料金は上がらざるを得ない。これのことは産業の首を絞めていく。競争力を失いリストラが進み、大学院を出ても仕事にも就けないようになってどんどん経済の足元危うくなっていくだろう」
 
「なぜ17ドルもする馬鹿高いLNG買っているのかというと、長期契約、石油価格連動という値決めでやっているから。それだったらアメリカの安いシェールガスを引っ張ってきたらいいじゃないかと。ところがアメリカはFTAを締結していない国には天然ガスは出さないという方針。隣の韓国には今年2月にシェールガス輸出を許可している。野田前首相が訪米した5月に、野田氏はこの話持ち出したが軽く一蹴された」
 
「今日現在も入ってきていないが、先週、私はワシントンを動いて感触があったのはアメリカは間違いなく日本にも出してくるということ。FTAの対象国ではないが同盟国としての名分の下に。分かり易く言うと、日本人が感謝するタイミングで日本にも出してくる。現実に大阪ガス、中部電力が交渉に入ってプロジェクトでは、2015年から17年にかけて来る感触がある。しかし、3年、4年先まで日本の産業が待っていない。日本の化学工業は、一斉に北米に動こうとしている。つまり生産立地を北米にした方が良いと。日本に安いのが入ってくるのを待っているよりも動いた方が良いと動き始めている。これがまた空洞化を加速するだろう」
 
「米国の投資はシェールガスからシェールオイルにシフトしている。もう一本別の井戸を掘る。ガスは安いが原油は高いから、投資がどんどんオイルに向かっている。アメリカが総原油生産量は今年580万から650万になるのではないか。シェールオイルの増産によって、アメリカは世界3位の石油生産国にのし上がってきた。中東に煩わされなくても良いアメリカになってきたという訳だ」
 
「それがアメリカの基軸戦略をじわりと変え始めてきた。蘇るアメリカの要素として、去年アメリカの輸出品目に機械・機器ではなくて石油精製品が躍り出てきた。何なのと思うかも知れないが、アメリカは原油の輸出を許可していない。付加価値を付けた精製品を出して良いことになってガソリンやディーゼル燃料などがアメリカの主力輸出品目になってきた。蘇るアメリカのキーファクターとして思いもかけない化石燃料要素がぐっとのし上がってきた」
 
「1853年、ペリー浦賀来航の年にペンシルバニアで油田が発見された。ペリーが浦賀に来たのは、ハワイを拠点にクジラを獲っていた時代に、薪、水の供給点を確保しようという目的だった。ペリーは浦賀に来たけどその後捕鯨船は一切来なくなった。ペンシルバニアに油田が発見されたから必要がなくなったからだ」
 
「油田の発見はアメリカを変えた。その後のT型フォードの登場大量生産による自動車産業が伸びていった。石油資本がGM、フォードをバックアップした。なぜなら石油の安定的需要先を作ろうと組み立てたから。次いで1939年、真珠湾攻撃の2年前、ニューヨークで万国博覧会が行われた。その万博の目玉として爆発的話題を呼んだのがナイロン靴下。石油化学シンボル、石油から女性の靴下が作れるという衝撃はすごかった。パラシュート生地の開発から生まれたものが女性の靴下にも使えるなというノリで万博の目玉として出したら爆発的な話題になった」
 
「石油がペンシルバニアで発見されたことが、自動車産業、石油化学を生み出し、20世紀をアメリカの世紀にするくらいになった。シェールガス、シェールオイルであの時の夢よ再びという訳だ」
 
「この10年間、アメリカはろくなことがなかった。9・11以降、踏んだり蹴ったり。6500人の若者を死なせ、3兆ドルの戦費費やし衰亡するアメリカだったが、ようやく『俺にもツキけがまわってきたぜ』という感じだ。アメリカの希望のキーワードは、シェールガス、シールオイルだ」
 
「私はアメリカをじっと見てきて、80年代末にもアメリカの衰亡論が言われたことがある。そのアメリカを蘇らせたのはIT革命。軍事技術のペンタゴンのアーバネットをインターネットとして90年代に蘇るアメリカを見せつけた。ところが21世紀に入って9・11が起きて、またこの10年間衰亡するアメリカ論が出てきた。じゃアメリカを蘇らせる要素として次にどういうものが出てくるのかなと僕が注目していたのは、次世代ICTだった」
 
「しかし、世の中は思いもかけないところから変わる。それが化石燃料というファクターから一気に世の中に吹き出てくるようにシェールガス、シェールオイルが出てきた、それをキーワードにアメリカという国がジワリと変わり始めている」
 
「そういう視点で見ていかないと、単純であってはいけない。メディアの空気というのは、脱原発、再生可能エネルギーの枠組みの中で議論しているが、そのうちに取り残されてしまう。日本人の習性なのか尊皇攘夷という言葉が出てくると狂ったように切りつけていったが、結果、明治維新以降に日本は攘夷ではなく開国に生きた。要するに目が真っ赤になる前に合理的に判断する知性を身に付けないととんでもないことになるということを言っておきたい」



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