元名古屋高等検察庁検事長や初代金融庁長官を務めた弁護士の日野正晴氏(76)が9日、京王プラザホテル札幌で「検察改革と金融・証券犯罪」をテーマに1時間半講演した。会場には約700人が集まり、日野氏は、「検察改革の一環として最高検察庁は『金融・証券専門委員会』を設置しているが、6月にSMBC日興証券執行役員が逮捕されたのは、検察の金融・証券界に対する『やるぞ』という姿勢の表れ。しかし、インサイダー取引の共犯者としての立証は非常に困難だろう」と述べた。また、金融・証券犯罪が来年3月末で期限切れとなる中小企業金融円滑化法とともに増えてくる可能性を指摘、「検察改革とも絡んでこうした犯罪に目を光らせることになる」と強調した。この講演は、宮坂建設工業創業90周年、札幌支店開設70周年記念として行われた。(写真は、講演する日野正晴氏)
 
 日野氏は、大阪地検の虚偽公文書作製事件や東京地検の陸山会事件で、検察は実行行為者と共謀者の事実認定で失敗し、検察の威信は地に落ちていると指摘。 「捜査には仮説を立てて筋立てを考えることが大切だが、立証が困難になった段階で引き返す勇気が必要だ。例えて言うと、捜査は戦争と同じ。始めるのは簡単だが、和平に持ち込んだり終戦に持ち込むのは難しい。しかし、筋立てが間違っていることがわかれば途中で引き返す勇気がいる」と語った。
 
 日野氏は、検事の取り調べ能力が低下していることがこうした事件を生んでいるとし、「陸山会事件で被告人が録音したテープを起こした文書がロシアのネットで流れたが、私もそれをダウンロードして読んだ。今どきの検事はこれくらいの取り調べしかできないのか、これが東京地検特捜部の調べ方なのかと情けなくなった」と訴えた。
 
 検事の取り調べ能力の低下の一因について、「裁判員制度導入に伴って検事を配転し、優秀な検事はそちらに行き、優秀とは言えない検事が残ったためではないか」と古巣に対する批判のトーンは一段と高くなっていった。
 
 さらに、話が捜査報告書に及ぶと、「捜査報告書は、実はまやかしもの。私が検事になったころ、『捜査報告書は読んではいけない』と教えられたものだ。捜査報告書は主観で書かれており、信じてはいけない、と。それよりも供述と証拠を信じろと。裁判官や検察、弁護士などの職に就くものは、部下からの意見や報告書を信じてはいけない。供述や証拠を元に有罪か無罪を判断するのが法律に就くものの基本だ」とした。
 
 日野氏は、検事の能力向上を含めた検察改革のひとつとして最高検が設置した金融・証券専門委員会に言及、SMBC日興証券インサイダー事件で情報を流した執行役員が初めて逮捕されたこと、AIJ事件で社長らが再逮捕されたことは、
検察の仕事として金融・証券犯罪に力を入れということの表れだと指摘した。
 
 ただ、SMBC日興証券事件ついては、「情報だけ流してインサイダーならあらゆる業界で商売が出来なくなると経済界の反発が出てくるだろう。今回も共犯までは決定できないだろうし、処罰に値する立証は非常に困難」という見立ても披露した。
 
 とは言うものの、金融・証券犯罪に対する検察の視線はより厳しくなることは間違いないとし、「中小企業金融円滑化法の適用金額は、金融庁調べて82兆円、不良債権予備軍は日経報道によると地銀全体で26兆円だという。来年3月以降に円滑化法が切れると、無罪になったものの長銀、日債銀事件と似たような有価証券報告書の虚偽記載やUFJ銀行検査忌避・妨害事件、日本振興銀行のパソコンデータ消去事件などに酷似する犯罪が起きる可能性がある。最高検は、検察改革の一環として金融・証券犯罪に目を光らせることになるだろう」と結論付けた。



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