「エゾシカの獣皮で、誰か革製品を作ってくれないかな」――釧路市の北大通で創業90年、文具・紙・画材の老舗、山一佐藤紙店の3代目、佐藤公一郎さん(49)が漠然とそんな想いを抱いたのは、15年ほど前だった。エゾシカの獣害は、その頃から問題になっていた。エゾシカの肉は出始めていたが、獣皮の活用は聞いたことがなかったからだ。手探りで動き始めた佐藤さんだったが、時を経てエゾシカの革製品作りを自ら事業化しようと動いた。
(写真は、エゾシカの革を持つ佐藤公一郎さん)
佐藤さんには、増えすぎるエゾシカに問題意識があった。釧路市にはエゾシカが多数生息し、農林業への被害も多く報告されている。肉だけでなく皮も有効に活用したら、地産地消に繋がるのではないか。15年ほど前、取引のあった革製品製造・販売会社関係者にエゾシカの革製品の制作を打診してみた。その関係者は佐藤さんの申し出を受け、試験的に革製品を作ってくれた。藍染にした名刺入れや財布を佐藤さんは、自分の店で販売してみたところ、物珍しさもあってか、よく売れた。
「もっと作ろうよ」。佐藤さんはその関係者に話したが、「ノー」の返事。皮を安定的に入手できない上、牛皮よりも歩留まりが悪くて傷も多いからだった。「誰か何とかしてくれないかな」。佐藤さんは、あくまで他者依存だった。
それでも、諦めることはなかった。いつか、エゾシカの革製品を作ってくれる人が出てくるはずだ。想いを抱きつつ歳月が過ぎていった。朗報が来た。東京の食肉加工会社が、エゾシカ肉の加工場を釧路市に建設することになったからだ。年間1万頭のエゾシカを処理する施設だという。「獣皮が安定的に入手できるのではないか」。佐藤さんは思った。
佐藤さんは、エゾシカの獣皮をなめして革にするためには、どんな技術が必要なのかを知ることが大切だと考えた。なめしの本場、兵庫県姫路市から技術者に来てもらい、佐藤さんが所属する「釧路新産業創造研究会」で講演してもらった。2024年7月のことだった。
しかし、その技術者は、釧路空港に降り立つや、他者依存の佐藤さんを見透かしたように、「できるわけがない」を繰り返した。おまけに講演は、予定の半分の時間しか割いてくれなかった。佐藤さんは、意気消沈した。しかし、そんな佐藤さんとは裏腹に、講演を聞いたメンバーたちからは、賛同の声が集まった。「面白い、ぜひやってくれ。おカネは出すから」。その声を聞いて佐藤さんは自分を悔いた。誰かがやってくれるのを待つ姿勢では、何も生まれない。自ら主体的に取り組まないと前に進まない。「頑張ってみよう」。佐藤さんの意識は変わった。



































