『イッペーの花』著者・紺谷充彦さんに聞く 「移民たちの思いを背負いながら書いた」

社会・文化

紺谷さん ドキュメント・ノベル「小説・ブラジル日本移民の『勝ち組』事件 イッペーの花」(無明舎出版)がこのほど刊行された。著者は、北海道札幌市在住で富山県出身のフリーライター・紺谷充彦さん。太平洋戦争で国交を断絶した日本とブラジル。ブラジル政府による規制と圧迫、情報遮断で敗戦後しばらく移民たちは敗戦の事実を知らされなかった。移民たちの間で「日本は戦争に負けてない」というデマが流れる。「日本は勝った」と信じていた移民は9割近くいて「勝ち組」と呼ばれ、その「勝ち組」による「負け組」(日本の敗戦を認識していた人たち)へのテロに発展する。ブラジル社会でもセンセーショナルな事件として注目された「勝ち組事件」を独自のタッチでドキュメンタリーのように仕上げた小説だ。紺谷さんに、この作品を書くにいたった経緯や自身のこれまでの道のりを聞いた。(写真は、著者の紺谷充彦さん)
 
 ――『イッペーの花』は小説家としてのデビュー作となりますが、同作を書いたきっかけは?
 
 サンパウロ新聞での記者時代に、連載記事の取材で勝ち組、負け組の方たちにインタビューしている中で強烈な印象があり、『この事実をいつかまとめたい』と思ったのがきっかけです。ただ、大勢の人がすでに亡くなっていて、証言が得られない部分もあり、ノンフィクションにするには難しいですし、より幅広く読んでもらえるのではないかと思い、小説という形にしました。
 
 ――出版にこぎつけるまでに時間がかかったそうですね。
 
 2006年から国内の大小様々な賞に応募して落選を繰り返してきましたが、加筆修正してやっと満足できる形になり出版しようと。全国の出版社を訪ねて、ようやくブラジル関連の書籍も多数出版している秋田県にある無明舎出版から縁あって発刊されることになりました。
 
 ――何度、落選しても出版をあきらめなかった原動力は?
 
 様々な苦難を乗り越えてきた日系移民の方たちの思いや歴史を知ってほしいという一念で粘り続けることができたのだと思います。『イッペーの花』は移民の方たちの思いを背負いながら書いていたような気がします。 
 
 ――同作は、臨場感やリアリティがあり引き込まれますが、それを引き出すために心がけたことは?
 
 できるだけ事実に忠実にしたことでしょうか。ブラジルの図書館に通いつめて、当時の新聞や関連書籍を読み込んだり、昔の写真を見たり、舞台になった場所にも全て足を運びましたので、それがリアリティにつながっているのではないかと思います。また、物語にスッと入り込めるように、時代背景や雰囲気を崩さない程度に少し文体をやわらかくして読みやすくしました。なんとなくでも理解して、興味をもっていただければいいかなと。『飽きることなく一気に読みました』といったような読者の方からの感想は一番うれしいですね。
 
 ――ところで、文章を書くことに興味を持ったのはいつごろからですか。
 
 中学生のころ、友人たちと文芸雑誌を作っていて、小説家になんとなく興味をもちました。大学に入ってからはいくつかの大学が集まってつくる雑誌で連載をもって取材したり、記事を書いたりしていたのでそのころから文章を書く仕事につきたいとは思っていました。
 
 ――大学時代は世界を旅されていたそうですね。
 
 自転車やバスで中国やチベットを2ヵ月かけて周ったり、1ヵ月間、アメリカ横断とメキシコ各地をアルバイトしながらバイクで旅したりしました。
 
 ――大学卒業後、山一證券に勤められて退職後にブラジルに渡った経緯は?
 
 退職後も南米を放浪したりして色んな場所を訪れる中で植林などの環境問題に関心があったことと、将来、書く仕事をするにあたって何か自分にしか表現できない武器をもちたいと思っていたところ、知人の紹介で知ったJICA(独立行政法人国際協力機構)の青年ボランティア制度でブラジルに渡りました。それからはアマゾンで植林活動に携わったり、7年間、サンパウロ新聞で記者をしたりしていました。
 
 ――新聞社を辞めたあとはすぐに日本に帰国したのですか?
 
 いいえ。当時は体当たりノンフィクションライターを目指していて3年ほどは一人でアマゾンにいてカブトムシを探したり、山奥でエメラルドを掘ったりしていました。
 
 ――ブラジルから帰国後に北海道で暮らすことを決めた理由は。
 
 一言でいうと憧れですね。大学生のときに自転車で日本一周して、北海道にもホタテの養殖のアルバイトをしたりしていました。そのときに人の良さや土地の広さに感動して住みたいと思い、2005年から札幌で暮らし始めて今年で10年目に入りました。就職先も住む場所もなく苦労はしましたが、北海道に来てから本格的に作品に取り組むようになって、ラジオのシナリオも含めて33の賞に応募してそのうちのいくつかは賞をいただきました。
 
 ――今後挑戦したい作品や目標は?
 
 二・二六事件で暗殺された第30代首相の斎藤実に関する小説を書きたいと思っています。斎藤実は音更町に農場を持っていたり、札幌市の八紘学園北海道農業専門学校に資金援助をしていたり、取材を通じて北海道と関係が深いことを知って興味を持ったんです。現在、岩手県やハワイなど関連のある場所に行って取材していますが、長い期間をかけて作品にしたいですね。あとはアマゾンでの体験をもとにした小説や環境問題をテーマにした小説を『イッペーの花』と共にブラジル3部作として出版するのが夢ですね。

【略歴】
紺谷充彦(こんたに・みつひこ)
1965年生まれ。富山県出身。武蔵大学経済学部卒業。1993年『牢名主』で小学館『DENiM』ライター新人賞(月間賞)受賞。シナリオ『アマゾンの浦臼』『桜の渦』で2008年から2年連続で北のシナリオ賞佳作。2009年『北海道南米移住史』(北方圏センター刊)で編集・執筆を担当。2014年第48回北海道新聞文学賞創作・評論部門佳作。現在『北海道 道の駅ガイド』(北海道新聞社)を取材執筆中。

*同書に関する問い合わせや注文は、無明舎出版☎018・832・5680またはhttp://www.mumyosha.co.jpへ。定価1700円(税別)

「イッペーの花」

関連記事

SUPPORTER

SUPPORTER