札幌市の狸小路商店街2丁目にある衣料・雑貨の「ラルズプラザ札幌店」、食品の「ラルズマート札幌店」がいよいよ明日午後6時で完全閉店する。ラルズがM&A(買収合併)によって発展成長する原点となったマザー店舗だが、建物老朽化や都心の買い物需要の変化でラルズ店舗に転じてから25年、四半世紀で幕を閉じる。(写真は、明日完全閉店するラルズプラザ札幌店ビル)
「ラルズプラザ札幌店」と「ラルズマート札幌店」の完全閉店をラルズ会長でアークス社長の横山清氏(79)は、どんな思いで見つめるだろう。このビルは1970年に衣料の金市舘札幌店としてオープンしたが、ラルズの前身である大丸スーパーとの関係が生まれたのは83年11月、このビルの地下に大丸スーパー狸小路店が出店してからだ。食品スーパーと衣料量販店の組み合わせは、近辺にあったダイエーの北海道1号店「中心街店」(現ピヴォ)を多分に意識したものだったが、結果的にこのコンビネーション構成が大成功を収める。
当時大丸スーパー社長だったのは中山大五郎氏で、狸小路商店街振興組合理事長や日専連札幌会理事長を務めるなど地元中小商店主の代弁者でもあった。中山氏は、ダイエーや西友、イトーヨーカドーなど大型店の出店を規制する大規模小売店舗法でスーパー出店の是非を検討する地元商調協(商業活動調整協議会)のトップも務めていたため、大丸スーパーも店舗を増やせないジレンマを抱えていた。
金市舘地下への出店は、この軛をスルーできる起死回生策だった。横山氏は金市舘への出店2年後に社長に就任している。年齢的に近かった見こともあって金市舘社長の加藤正雄氏との関係を深め、89年、金市館の運営会社だった丸友産業と合併、ラルズが誕生する。この合併をきっかけに横山氏は「コーセー」、「イチワ」、「三島」、「國井」、「角幡商店」などM&Aや店舗買収に矢継ぎ早に乗り出し、持ち株会社が解禁になった5年後の2002年、「福原」と統合してアークスが生まれた。
狸小路への出店がなければ、現在のアークスは生まれていなかったかもしれない。これも不思議な縁というほかないが、大丸スーパー狸小路店の初代店長は現在ラルズ社長を務める守屋澄夫氏(66)だった。アークスの源流となった店舗は札幌市民に親しまれた店舗でもあった。明日の午後6時でその灯は消える。横山氏と守屋氏は格別の思いでそれを見届けることになるだろう。