1970年にオープンした札幌市東区の「ショッピングセンター光星」が45年の歳月を経て、新しく「セレスタ札幌」に生まれ変わった。市の公設市場としてスタートしたこのショッピングセンター(SC)は当初の商業機能を保ちつつ、新たに街の交流発信拠点としてモノ消費からコト消費を具体化する場となる。(オープニングセレモニーで札幌振興公社の星野尚夫社長から施設ネーミング案が採用された前川美帆さんに表彰状が授与された)
札幌市が冬季オリンピック開催を控えて発展の序章を迎えていた70年、公設市場として誕生したのが「SC光星」。地域の名前を付けたこのSCは東区役所に隣接、地下鉄のなかった当時は篠路など市北部へと繋がるバスターミナルとして発展していった。
対面販売が中心で、八百屋、魚屋、肉屋、花屋など49店舗が軒を連ね威勢の良い掛け声が飛び交っていた。核テナントとして後にダイエー系のグルメシティに変わった食品スーパー、西村もテナントとして入っていたこともある。半世紀近くの商業の歴史と蓄積が連綿と息づいていた数少ないSCだった。
しかし、昭和の最後に近い年に地下鉄が開通、平成に入って四半世紀も過ぎて高度成長期のSCは時代に取り残されてしまう。空き店舗が7割にも増えて活気を失ったSCはまるで時計の針が止まったよう。そこでSC施設所有者の第3セクター札幌振興公社は4年前から改築プランを練り、オープン当初から営業している6店舗や来店者、通行人、市などと協議、既存施設のリニューアルと一部建物の建て替えを決定し再生に向け工事に入った。
建て替えに際して最も重視されたのが“公”の位置づけ。3セク所有の商業施設ゆえに地域貢献や社会還元と言った役割がなくてはならない。折しも3年前から近くにある札幌大谷大学の学生たちがここでクリスマスイベントやコミュニティカフェを開催するなど地域交流の場としても使われてきた。
ちょうどこの時期に市が商店街活性化などのアイデアを広く募集、同大の社会学部地域社会学科「まち研」が、商業施設のなかにある“まちなかキャンパス”を提案したことから、今回のリニューアルと建て替えに際して全国的にも珍しい商業店舗とアカデミズムが共存する新しい時代を先取りするような施設として生まれ変わった。
リニューアルと同時に施設名をセレスタ札幌に変更、このネーミングも大谷大生から募り同大短期大学部保育科2年生の前川美帆さんの案が採用された。セレスタとはセレスティアル・スターの略語で自ら輝く星、恒星を意味し、光星とも韻を踏んだ言葉になっている。
生まれ変わった施設は4月から順次テナントが入り、公設市場時代からの商業者や新規テナントの食品スーパー「東光ストア」、ドラッグと化粧品の「アインズ&トルペ」が営業を開始、大谷大もサテライト教室を開設。100円ショップの「ダイソー」が入ってグランドオープンを迎えた15日に、大谷大のサテライト教室でオープニングセレモニーが行われた。
同大生らの司会で始まったセレモニーには市民や同大生、施設関係者など約100人が集まり、札幌振興公社の星野尚夫社長から施設命名者である前川さんに表彰状と記念品が手渡された。前川さんは「自ら輝く星のように街のシンボルになって欲しい」と挨拶。その後、同大音楽学科の学生が記念コンサートを演奏、参加者たちは盛んに拍手を贈っていた。
公設市場はその役割を変え、モノを売る物販機能からコトを共有するコミュニティ機能を持つ施設へと性格を変えつつある。民と官と学の結節拠点としてセレスタ札幌が新しい歴史を刻み始めた。
(セレスタ札幌の全景)