IMG_9351 北大大学院医学研究科がん予防内科学講座の浅香正博特任教授(65)が、胃がんや胃潰瘍の原因となるヘリコバクター・ピロリ菌研究の唯一の国際学会「欧州ヘリコバクター会議」(9月12~14日、マドリードで開催)の最高賞である「マーシャル・ウォレン賞」を日本人として初めて受賞した。浅香教授はピロリ菌研究の第一人者だが、受賞の理由はピロリ菌の除菌と継続的な内視鏡検査を組み合わせた「胃がん撲滅計画」を提唱、除菌の保険適用拡大に努めるなど社会啓蒙活動が評価されたこと。浅香教授にピロリ菌研究を始めたきっかけや「胃がん撲滅計画」などについてインタビューした。(写真はメダルを持ってインタビューに答える浅香正博教授)
 
――日本人としてだけでなくアジア人としては初の受賞ですね。
 
浅香 ピロリ菌の世界的な会議はこの欧州ヘリコバクター会議だけ。年に1回開催され、この会議で欧州のピロリ菌ガイドラインや本を出版したりしている。欧米人中心の学会で我々が参加しても極東セッションとして中の会議にはなかなか入れてくれなかった。日本、韓国、中国は極東セッションとして学会の前に開催されていたくらいだ。2005年にピロリ菌の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞したバリー・マーシャルとロビン・ウォレンの名を冠して06年に創設されたのが「マーシャル・ウォレン賞」。この賞の受賞は欧米人以外で私が初めて。アジア人をなかなか認めてくれなかったが、今回の受賞で認めてくれたのが一番嬉しい。
 
――受賞式のプレゼンターとしてスピーチしたのがロンドン大学のアクソン教授でしたね。
 
浅香 欧州内視鏡学会の理事長や欧州消化器学会の会長をしている高名な教授で「ドクター浅香は450以上のピロリに関する論文を書いて大きな業績を上げているが、それだけではない。日本から胃がん撲滅という世界で誰も考えたことがないような政策の提案を行い、特に慢性胃炎に保険を通したことは胃がん撲滅の第一歩になると思われ、我々はそれを高く評価する」と述べてくれた。「今まで我々は日本に教えてきたが、これからは日本に教えられる時代に入った」とまで言ってくれた。
 
――ところで、浅香先生がピロリ菌と“邂逅”したのはどんなきっかけだったのですか。
 
浅香 ピロリ菌と出会ったきっかけはシカゴで開催された米国消化器会議に1987年に参加した時に遡る。当時は、まだピロリ菌とは言わず正式な名前もなかった細菌だった。その変な名前の細菌と胃潰瘍、胃炎の演題が報告されていた。「こんなものは信用できないな」というのが最初の感想だった。学会では夜に恒例の出身大学ごとのパーティがあって僕は82年ころ留学していたヒューストンのベイラー大学のパーティに参加した。たまたまその日にベイラー大のグラハム准教授がその菌の画期的な診断法を開発したと発表していた。パーティでグラハム氏に、「こんなことやって意味があるのか」と聞いたら、「日本人にこそこの菌はいると思うからやれ」と。「やれば応援してあげるから」とも言われた。
 
 北大に帰ってきて病理の井上秋男助教授に相談したら、「そんなもの見たことも聞いたこともない。俺は何十年もやっているがそんな細菌、絶対見ていない」と言う。すごすごと部屋に帰ってそれで一件落着になるところだったが、グラハム氏は細菌標本を送ってくれた。
 
――それが日本のピロリ菌研究のスタートだったのですね。
 
浅香 日本人の胃には7~8割もいたのに病理学者はみんなそれを見逃していた。検査してみたら見つかる、見つかる。よく言われていることだが、神様がわざわざ日本にノーベル賞を上げるよという素晴らしいテーマをくれていたのに日本の病理学者は全部見逃してしまっていた。
 
――ところでピロリ菌はどこに生息しているのですか。
 
浅香 ピロリ菌は、汚れた上下水道のあったころにはどこにでもいたが、今は殆ど綺麗になったのでいなくなっているのが現状。保菌している人の多くは我々のような団塊の世代。生まれたときに終戦直後で衛生状態が非常に悪かった我々世代が一番多く持っている。我々の世代は胃がん世代とも言われ、65歳くらいから増えてくる。何もせずに手をこまぬいていたら人口の多い我々世代が65歳を過ぎたあたりからものすごい勢いで胃がんは増えてくる可能性がある。
 
――しかしピロリ菌の正体も分かったし除菌という解決法も分かったことで胃がんは減ってくるという訳ですね。
 
浅香 胃がんの予防は、ピロリ菌の除菌だけでは十分とは言えない。50~60歳で除菌した人は一年に一回ずつでも内視鏡で検査すれば見つかっても早期がんの内視鏡治療で一件落着になる。胃がんで死ぬことはほとんどなくなる。『除菌+サーベイランス』という言葉を使って『撲滅』を提唱したのは僕が初めて。受賞の大きな理由はピロリ菌の除菌と内視鏡の観察を提案したことが大きいと言われた。
 
――欧米では『撲滅』ということを提唱していないのですか。
 
浅香 彼らは内視鏡の腕があまり良くないし早期がんの診断がうまくできない。胃がんの5年間生存率をみると日本だけが60~70%でアメリカでもヨーロッパでも20%に達していない。それは早期診断、早期発見という技術による差。1960年代から日本人が早期がんという概念を生み出して、「そんなものがんでない」と叩かれたが研究者たちは黙ってフォローし続けたらそのうちの7割くらいはがんになってしまうことが分かった。そのころから取り組んだために、今は日本は世界最高の胃がんの診療技術を持つようになった。そういう下地があるからこそ撲滅運動ができる。日本と同じように世界に広げると言ってもそれは結構難しい。
 
(以下、次回に続く)※語句一部修正2013年11月1日

2人の方が「この記事が参考になった」と言っています。