「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
第70回は、北広島市の「旧島松駅逓所」です。ぜひご愛読ください。
(合田一道)
■第70回 旧島松駅逓所
-北海道寒地コメ栽培始まりの地-
島松駅逓所(全景)
札幌から千歳に向かう国道36号線から少し離れた旧国道沿い、北広島市と恵庭市の境に旧島松駅逓所はある。駅逓所は、江戸後期から明治にかけて、交通の不便なところに駅舎と人馬を備え、旅人の宿泊や荷物運送の便を図るために設置された。かつて道内に600カ所以上あったが、戦後廃止され、現在はほとんど残っていない。島松は交通の要所であり、この駅逓所は、明治6年(1873年)に函館と札幌を結ぶ札幌本道の開通に伴って設置された。現存する駅逓所としては道内最古のもので、昭和59年(1984年)に国の史跡に指定されている。
さらにこの場所は、開拓時代の重要な人物2人と関わりがある。ひとりは北海道で初めて寒冷地での稲作作りに成功した中山久蔵。もうひとりは札幌農学校のクラーク博士である。
「寒冷稲作この地に始まる」の碑
この建物は道路に面した横長の木造平屋建で、いろりのある板の間、帳場、居室などの生活空間、駅逓所時代の客間であった中座敷、行在所(あんざいじょ)として増築された上座敷の3つからなっている。
「国史跡 旧島松駅逓所」の看板の掲げられた入口を入ると、土間を挟んで、帳場跡が受付になっている。その裏には久蔵の居室があり、左手には、いろりのある板の間がある。いろりは、長い薪を入れることができるよう土間とつながった作りになっており、多くの人がここで暖まり、食事をしていたことがうかがえる。壁面のガラス棚には中山久蔵が受け取った数々の賞状や、寒地稲作のために開発された稲、赤毛種の見本などが展示されている。
右手には、宿泊者用の客間があり、久蔵と親交のあった開拓使元大判官の松本十郎の資料が残されている。さらにその隣には明治天皇が明治14年(1881年)に北海道巡幸した際に立ち寄った10畳2間の行在所がある。この行在所は、数時間の天皇の立ち寄りのために増築されたものである。
いろりのある板の間
この家の主であり、4代目駅逓所取扱人であった中山久蔵は、寒地稲作に成功し、北海道での米作りに大きな貢献をした人物である。かつて道南を除く北海道は、寒さのため米が育たなかった。開拓顧問ホーレス・ケプロンも「北海道は米の栽培に向かない。小麦の栽培をするべきだ」と進言している。しかし久蔵は北海道で米を作ることを諦めなかった。
文政11年(1828年)大阪で農家の次男として生まれた久蔵は故郷を離れた後、仙台藩に仕え、仙台藩の陣屋のあった白老と仙台を行き来していた。しかし明治維新で仕事を失い、北海道で開拓農民として生きることを決意する。苫小牧から島松に来た久蔵は、苦労して開墾を進め、生活のめどが立った頃、米作りに取り組むことを決めた。道南の村から寒さに強い「赤毛」と呼ばれる種もみを買い付け、栽培法を教わった。種もみを温水に浸して、発芽させ、苗代にも風呂の湯をいれて、水温を上げた。冷え込む夜は、夜通し湯を流し続けることもあった。そして明治6年(1873年)米は見事に実り、10アール当たり345キロの米を収穫した。寒地稲作の始まりである。
久蔵は北海道に稲作を広めるため、希望者に種もみを無料で分け、農村を訪ねて稲作の指導をした。久蔵の作った「中山種」という種もみは、石狩から上川、日高へと広がっていき、明治末には北海道の代表的な品種になった。
そのような時代を経て、現在では北海道は全国第二位の米の生産量を誇る。かつてまずいと言われた北海道米は、品種改良を経て「きらら397」や「ゆめぴりか」など米の食味ランキングでAを獲得している。
中山久蔵
もうひとりのゆかりの人物クラーク博士は、札幌農学校での任期を終え、アメリカに帰る途中でここに立ち寄った。明治10年(1877年)4月16日、見送りに来ていた学生や職員たちに別れ際に「Boys, be ambitious!」(少年よ、大志を抱け)との言葉を残して去っていった。あの有名な言葉はこの地で生まれたのである。それにちなんで「クラーク記念碑」が建てられた。館内には、クラーク博士の資料も展示している。
開拓の先人たちに思いを馳せながら、この旧駅逓所を訪ねてみてはどうだろうか。
利用案内
所 在 地:北広島市島松1−1
電 話:011-373-5412
開館日時:4月28日〜11月3日 午前10時~午後5時
冬季間は閉館
休 館 日:月曜(祝日を除く)、祝日の翌日
入 館 料:大人 200円 小中学生 100円
交通機関:道央自動車道「北広島IC」から国道36導線を千歳方面へ約15分
JR松島からタクシーで約10分
付近の見どころ:
道と川の駅 花ロードえにわ
国道36号とサケの遡上する漁川の交差点に位置する道の駅。恵庭市はガーデニングの盛んな町として有名で、花や野菜の苗を買いに来る地元の客も多い。地元の農産物の販売も人気。多目的広場が併設されていて、花があふれる公園内を散策できる。
文・写真 藤森 祐子