町村衆議急死!10月補選は次女の夫が出馬へ

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 衆院5区(札幌市厚別区、石狩管内)選出で12期の町村信孝衆議(70)が1日午後、東京都内の病院で脳梗塞のため死去。これによって補欠選挙が最短で10月に行われることになるが、町村氏の次女の夫、和田義明氏(43)が後継候補になるのはほぼ確実な情勢だ。IMG_5532(写真は、町村氏の死去が報じられた1日午後5時半ころの札幌事務所=札幌市厚別区)

 町村氏は1944年静岡県沼津市生まれ。日比谷高校時代はラクビー部キャプテン。東京大学経済学部時代は米国ウェスリアン大に1年間留学したほか、在学6年目は東大紛争に直面、7学部集会の学生側議長も務めた。69年に通産省(現経済産業省)入省、13年間勤務し83年12月の衆院選で初当選した。
 
 初当選の夜、道知事や参議を務めた父・金五氏から「外交、防衛、教育に全力を尽くせ」と言われたという。97年第二次橋本改造内閣で文相として初入閣、2001年第二次森改造内閣では初代文部科学大臣、04年の第二次小泉改造内閣で外務大臣、07年8月の安倍改造内閣でも外相、同年9月の福田内閣では官房長官に就任するなどの要職を歴任。
 06年に森喜朗元首相から党内最大派閥清和政策研究会会長を引き継ぎ12年に党総裁選に出馬、選挙戦中に軽い脳梗塞で入院。同一派閥から出た安倍首相に敗れた。
 昨年12月衆院議長に就任したが再び体調が悪化、4月21日に辞任。療養を続けていたが東京都内の病院で死去した。体調がすぐれないことは知られていたものの病態の急変は誰もが予想していなかった。それだけに訃報はあまりに突然だった。
 
 町村家は、江戸時代に越前府中(現越前市)の奉行職を務めた家系。明治10年に信孝氏の祖父、金弥氏が北海道に渡って札幌農学校の2期生になり、日本酪農の父と呼ばれたエドウィン・ダンに米国式農場経営を学んで真駒内に牧場を開いた。金弥氏の長男が現在の江別市に町村農場を開き、日本酪農界の指導的役割を果たした。五男が信孝氏の父、金五氏だ。金五氏は内務官僚として終戦時に警視総監、戦後は衆議、道知事3期、参議を務めた。
 
 祖父金弥氏以来、北海道の発展に尽力してきたが、この血脈を継ぐのが和田氏であることは間違いない。早稲田大学卒業後、三菱商事に入社して自動車関連部門に従事、昨年12月に退社して東京の議員会館で町村氏の秘書を務めていた。
 
 町村氏の死去する前日に自民党札幌支部連合会の厚別区連合支部の総会があり、そこで和田氏は町村氏の札幌事務所副所長として伊達忠一参議や高木宏壽衆議(札連会長)らと初顔合わせをした。「がっちりした体格の好青年という印象」(後援会関係者)で総会に出席した多くの自民党関係者は、和田氏が後継になることを確信したという。
 補欠選挙は早ければ10月25日に行われるが、和田氏が養子縁組で町村姓に変わり弔い合戦で臨むことになるだろう。
町村氏(衆院議長辞任を報告する町村信孝氏野国会便り臨時号=2015,4,24)

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