個人の出世欲や向上心といったパーソナルなスピリットを社会の公器として変容、昇華させる方法論の一つして株式上場は最適解に近いだろう。個人が企業経営者となり、その企業が上場を果たし成長発展させていくことは、社会を動かす歴史の歯車として名を残すことになる。私利私欲を公利公欲に引き上げていくうえで上場は欠かせない舞台と言える。札幌証券取引所が開催した上場を目指す会社や個人を対象にしたセミナーでキャリアバンク佐藤良雄社長が語った体験談は、個人が公人に脱皮していく様を余すことなく伝えるものだった。昨日に続き後半の講演要旨を掲載する。(写真は、佐藤良雄氏)

 
 

『私は、体験から上場の障害は2つしかないと思う。一つは上場に失敗したらどうするかということ。もう一つは上場準備のコストの問題。上場を目指して上場できなかったら、明らかに会社のモチベーションは下がる。上場のために従業員持ち株会を作ったり、取引先に上場することを話していたのに結局上場できなかったら、上場を楽しみに入社してきた人は辞めていくだろうし、取引先の条件も厳しくなるかもしれない。すべてがマイナスの方向に向かう。「上場する」と言ったけど失敗するリスクというのは結構多い。
 でも例え失敗しても会社はこの程度では潰れない。「やっぱり止めよう」というだけの話だ。タイミングを見て数年後に再チャレンジしたって構わない』

 

『上場のためには監査法人に入ってもらわなければならず、確かにコストはかかる。キャリアバンクの場合は、監査法人が幸いにも2年間300万円で引き受けてくれた。現在は年間で1400万円くらい上場維持のコストがかかっているが、上場準備のためにそのくらいのコストをかけたら当時のキャリアバンクでは利益がなくなってしまう。監査法人と交渉すると「佐藤さん、出世払いだよ」と2年間、300万円で引き受けてくれた。もちろん「上場したら返していただきます」と言われたが、私以外の人たちが私のリスクを分散してくれた。当時は、そういうことが可能だったが、現在は監査法人や証券会社などにそうしたリスク分散を引き受けてもらいづらい環境だろう。しかし、上場を目指す経営者以外にもリスクを引き受けてくれる協力者を探すことは大切なことだ』
 

 
『キャリアバンクを上場させたいと考えたのは、初代会のメンバーが相次いで上場したことに触発されたこともそうだが、人材派遣という仕事は公共性があり、競争相手がいずれも東京本社の大手。当然、北海道でもその大手のシェアは高く、それら競合相手に勝ち抜くには北海道特化型として北海道で人材派遣の一番にならないと目的は達成できない。勝ち抜くには職業斡旋に秀でた人材を確保しなければならなかった。優れた人材を確保するきっかけにしたいと考えたことも上場を目指した動機だ』

 
『初代会の友人たちはみんな上場を目指して公開、初代会以外でもサッポロドラッグストアーやキムラが上場した。気づいたのは、上場会社や上場を目指す会社の経営者とそうではない会社の経営者とは話題が全く違ってくることだ。これは上場しなければわからないことだが、彼らは常に前向きにチャレンジング。私は、そんなその仲間に入っていたかった。上場会社の経営者は、「景気が悪い」とか「政治が悪い」などと言っているヒマはない。そんな素晴らしい人たちといつも一緒にいたかったし、仲間外れにされたくなかった。だから上場というスキームは私にとって必要だった。これも本音の一つ』

 
『エコミックは、給与計算アウトソーシング会社で人の情報を扱う。給与計算機能を他の会社から受注して行うというビジネスモデル。だから、潰れたら話にならない。潰れないという担保は大企業の資本系列の会社になることと上場することだ。上場は潰れないという担保であり信用力の源泉。だからエコミックは絶対に上場が必須と考えた。キャリアバンクは、運転資金があれば良く、設備資金はそんなに必要ではない。カネが必要だから上場しているわけではない。しかし、エコミックは給与計算のシステムを買わなければならず資金が必要ということもあって上場を目指した』

 
『キャリアバンクとエコミックは、上場以来一度も新規株式の発行による直接金融で資金調達をしていない。それは、金融機関の借入の方がコストが安くつくからだ。上場していることで中小企業が金融機関から借り入れる際の半分以下の金利で済むし、担保も個人保証もいらない』

 
『私は、23歳で経営者になり、36年間が経過した。振り返ると上場を目指した2年間は経営者として10~15年間に値するほど貴重な体験を積んだ。上場によって経営者は鍛えられ、上場を維持して企業を成長させていくことで経営者は育てられていくものだと実感している。上場のメリットの一つとして言えるのは情報がいち早く入ってくることだ。この会社を買ってくれないかなど、情報は資金を調達できる上場会社に最初に入ってくる。成長は、M&Aと密接に結びついており情報の価値を上場会社は活かすことができる』

 
 佐藤社長は、上田文雄札幌市長の経済界ブレーンとしても知られる。市長とは定期的に市内の有力企業経営者の二世を集めた昼食会を開催するなど、次代を担う若手経営者の育成にも汗を流している。カネなし、コネなしの裸一貫から起業して上場させた佐藤氏の心棒の強さは、この項で紹介した北の達人コーポレーションの木下勝寿社長とも共通する。佐藤社長、木下社長に続く経営者の出現が待ち遠しい。

 


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