北海道のマンション管理業トップで全国進出しているエムエムエスマンションマネージメントサービス(本社・札幌市中央区)の創業者で会長を務めていた故堂守俊弘氏の「お別れ会」が7日、札幌市中央区の札幌グランドホテルで行われた。関係業界や取引先などから約300人が参列、故人を偲んだ。(写真は、参列者に挨拶するエムエムエスマンションマネージメントサービスの堂守貴志社長)
(写真は、献花する参列者たち)

 故堂守俊弘氏は、1945年4月、上磯郡知内町生まれ。大野農業高校卒業後、酪農学園大農業経済学科に進学。68年3月に卒業し一度は東京の青果会社に勤務する。しかし東京と水が合わず北海道に戻り、73年11月に、丸紅が手掛けた札幌の大型マンション「ファミール札幌」(北29西4)の管理のために設立されたベニー管理サービス札幌支店に入社した。

 83年に社団法人高層住宅管理業協会北海道地区連絡協議会設立に際して初代幹事長就任、86年7月に病院などビル管理の北海道メディカルサービスを創業、メディカル部門のサービスを開始した。その年の12月、ベニー管理サービスを退社してエムエムエスマンションマネージメントサービスを創業、地域マンション管理会社として第一歩を踏み出した。99年2月に阪急電鉄との合弁で阪急ハウジングサポートを創業、全国展開を本格化。2006年6月、長男の貴志氏の社長就任に伴い会長就任。16年12月に創業30周年を迎えた。

 俊弘氏は、昨年末に自宅で倒れ救急搬送。緊急手術により一命をとりとめ、一時は自宅療養できるまでに回復した。しかし、体調不良で再び入院、4ヵ月の入院加療の後、19年5月24日に74歳で死去した。

 エムエムエスマンションマネージメントサービスの創業と同時に顧問就任した弁護士の後藤徹氏(札幌弁護士会会長や北海道弁護士連合会理事長、日本弁護士連合会副会長を歴任)が弔辞を読んだ。後藤氏は、「堂守さんはマンション管理会社のパイオニアだった。管理組合との管理委託契約のモデルをつくる時からの付き合いで、マンションをいかに住みやすくするかに情熱を傾けた人だった」と最期の別れを惜しんだ。

 挨拶に立った堂守貴志社長は、「父はまさに北海道のマンション管理のパイオニア。地元の皆様の期待に答えたい一心で弊社を創業、ほぼ不眠不休で事業に情熱を注いできた。父にとっての一番の思い出は、阪急電鉄との合弁会社、阪急ハウジングサポートの創業だった。北海道から大阪に単身赴任、阪急ブランドに恥じぬように精力的に事業に邁進した」。

 続けて、「今の時代で74歳は若すぎる。父が走った時間や密度は私には到底真似できない。マンションブームが去り、居住者の高齢化と建物の老朽化を背景にしたマンション問題は高度化、複雑化している。北海道での業界トップの実績、全国展開に足がかりを付けた業務を継承しつつ不動産管理業務を通じて地域貢献すべくそのノウハウを蓄積、事業の幅を広げていきたい」と結んだ。
 その後、参列者一人ひとりが遺影の掲げられた祭壇に献花、故人の冥福を祈った。


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