優れた起業家を表彰する「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2016ジャパン」の北海道地区代表に洋菓子専門店「きのとや」の長沼昭夫会長が選ばれた。10月11日に札幌グランドホテルで開催された受賞セレモニーでの長沼会長のスピーチ後半をお届けする。(本サイトがスピーチ内容を構成しました)
(写真は、講演する長沼昭夫・きのとや会長)
有頂天になっていたのが創業10年目のころ。売上げも1店舗で10億円くらいになると当然利益も出る。そんなときにやはり良いことばかりは続かない。禍福は糾える縄の如しというが、食中毒事故を起こして奈落の底に落ちてしまった。19年前のことだ。文字通りすべてを失い、社員の給料も払えない状況まで落ち込んだ。ただ、私には救いがあった。社員は誰1人辞めなかったからだ。食中毒事故で多くのお客に迷惑をかけたが、逆に会社がひとつになったことは予期せぬ効果だった。すべての責任は社長である私にあると全社員の前で涙ながらに謝った。そのことで会社がひとつになり、がらりと雰囲気が変わった。もう一度ゼロからやり直そうと全社員が一丸となって同じ方向を向いて頑張り始めた。
そのときに社是を作ることにした。『いい会社を作りましょう』というのが当社の社是だ。いい会社は、社長1人の力では作れない。社員全員の力を合わせて同じ方向にベクトルが向かったときに初めていい会社ができる。実はこれは長野県の伊那食品工業の社是。私はそこに行って「自分の会社でも使いたい」と頼みに行った。先方は「どうぞどうぞ、喜んで」と言い、「いい会社が日本中に広がればこんないいことはない」と認めてくれた。その会社とは今も交流が続いている。
いい会社とはどんな会社なのか――。「社員とその家族の幸せを実現する」ことを経営方針の最初に謳った。以前はお客様に満足と感動を提供するというのが最初だった。社是を作ったとき、その順番を変えた。これにはひとつの伏線があった。ある社員が私にこんなことを聞いてきたことがある。「社長はどんな目的で経営しているのですか」、「きのとやは何のために経営しているのですか」と。そのとき、私は心の底からは答えられなかった。その社員の問いかけが、私の心に刺さった。そして自問自答した。自分の名誉のためだろうか――。自分がお金持ちになりたいから――しかし答えはノー。自分のことだけを考えているのなら違うやり方がある。この会社を経営している目的は、会社を通して社員の幸せを実現することだと確信するに至った。