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北海道リアルエコノミー

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 「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
 第54回は、栗山町の「栗山町開拓記念館」と「泉記念館」です。ぜひご愛読ください。

(合田一道)

■第54回 栗山町開拓記念館と泉記念館
―栗山町発祥の地、角田村―


栗山町開拓記念館(外観)

 JR栗山駅からバスに10分乗ると、国道234号沿いに角田に着く。開拓の鍬が最初に下ろされた土地を記念して、「栗山町開拓記念館」と隣接する「泉記念館」が建っている。
 白い三角形の塔が目を引くモダンな建物、開拓記念館は昭和63年(1988)に、開拓100年を記念して建設された。栗山町が現在の発展に至るまで、どのように歩んできたかが語られている。ロビーには、書籍、パンフレット、写真、絵葉書、公報など並んでいる。

 常設展示室は、“栗山の自然―開拓―村づくり―村から町へ”の順路で進む。縄文時代中期の土器や黒曜石の矢じり、国蝶オオムラサキの標本などを観る。ナウマンゾウの臼歯や、かつて住んでいたアイヌの首長の貴重な持ちもの鍬形(くわがた)の写真には、発掘された経緯が詳しく説明されている。
 開拓期に使用された農機具や生活用具など100点以上が展示されていて、開拓農民の作業風景や、子弟の教育に熱心であった小学校の授業風景が、ジノラマで再現されている。


栗山町開拓記念館(館内)

 昭和元年(1926)夕張炭鉱鉄道が敷設されて、角田は大きく発展した。角田駅の模型から、当時の賑わいが感ぜられる。しかし、ひとの流れは時代と共に、西に3キロ離れた室蘭本線の栗山駅へと移っていく。昭和24年(1949)栗山町が誕生して、町の中心地は農業の角田から商業の栗山へと変わってしまった。現在の栗山町の全景は、上空から写した360度のパノラマ写真で眺めることができる。
特別展示室では年4回、テーマを決めて展示会を開いている。収蔵品は600点以上あり、研究員が管理運営にあたっている。


泉記念館(外観)

 同じ敷地にある泉記念館は、明治31年(1898)に栗山町開拓の祖、泉麟太郎が建てた木造平屋建ての宮城県角田の武家屋敷の様式を伝える住宅である。茅葺屋根で天井は太い梁で支えられていて、ガラスの上げ下げ窓の洋風の部分も取り入れている。広い居間には囲炉裏が切ってあり、書院作りの床の間には、泉夫妻の写真が飾られている。角田藩の歴史資料や書籍が展示され、苦難を乗り越える決意を詠んだ詩が飾られている。


泉記念館(館内)

 戊辰戦争で敗者となった仙台藩角田領主は、明治3年(1870)北海道室蘭の開拓を願い出た。しかし、室蘭は土地が狭く荒れ地が多く、農業には向かなかった。麟太郎は、夕張郡一帯は土地が肥えていて面積も十分に広く、農耕地としての将来性があることを聞き、夕張川に沿う肥沃な大地アノロ原野の開墾を決めた。郷里の角田を捨てて出てきたからには、何としても角田の名前を残す土地がほしかった。明治21年(1888)夕張開墾起業組合を結成して開拓に邁進し、生涯禁酒を貫いた。明治23年(1890)、開墾地は、角田村と名付けられた。
 この建物は、昭和51年(1976)泉家から寄贈を受け、栗山町有形文化財に指定された。
 フロックコート姿の麟太郎の像が、町役場の前に立っている。

利用案内
住  所:〒069-1524 夕張郡栗山町角田60-4
電  話:0123-72-6035
開館日時:火曜日―日曜日 10:00-16:00
休 館 日:月曜日、祝日の翌日、年末年始
入場料金:高校生以上100円、小中学生50円

付近の見どころ:
栗山町には、日本ハムファイターズの栗山英樹監督が造った少年野球場、「栗の木ファーム」があり、ログハウスにはイチロー選手をはじめ日米の名プレーヤーが使った野球グッズが展示されている。又、飛行機事故で亡くなった歌手、坂本九が公開録画をした記念の「坂本九思い出記念館」もある。

文・写真 山崎由紀子

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