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 「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
 第42回は、札幌市の「本郷新記念札幌彫刻美術館」です。ぜひご愛読ください。

(合田一道)

■第42回 本郷新記念札幌彫刻美術館 ―野外彫刻家の嚆矢とその苦悩―

 大通公園三丁目の三人の乙女が踊る「泉」やJR札幌駅南口の「牧歌」の像は、よく見る札幌の代表的な風景だ。だが、誰の作品かも気にせずに通り過ぎて行く。この創作者こそ、日本に野外彫刻を根づかせた本郷新(1905-1980)なのだ。

 札幌市中央区宮の森の坂道を上ると、閑静な住宅街の一角に、彼の美術館が見えてくる。ここには、400点の彫刻作品、野外彫刻の石膏原型の像やデッサンの資料など、合計約1800点の資料が収蔵されている。元々は、故郷の札幌に建てたアトリエ兼住居だった。物々しい個人宅の印象であるが、学芸員が応対に来ると、美術館らしく感じる。


札幌彫刻美術館の外観(左側の本館で入場料を支払う)

 まず目につくのは、先ほどの「泉」の像の乙女たちの上半身の像だ。各人の腕の微妙な動きが変化し、調和した躍動感のあるリズムを作り上げている。ニッカウヰスキー会長の竹鶴政孝の発案で、昭和34年に作られた「泉」は、54才時の本郷の作品だ。
 その左には、終戦後の樺太引揚者の慰霊碑として、昭和38年に稚内公園内に設置された「氷雪の門」の女性の像がある。掌を大きく広げることで、故郷を失った望郷の念を表現している。


左に「氷雪の門」の女性 中心に「泉」の乙女たちの上半身

 階段を少し降りると、苫小牧市開基100年(昭和48年)の記念として作られた「勇払千人同心」の侍と赤子を抱く女性の像が立っている。1800年(寛政12年)に蝦夷地防衛のため入植したが、多くの人命が失われた。その隣が、石川啄木の立像だ。マントを着て腕を組み、憮然たる表情をしている。函館の大森浜の公園に坐像を寄贈した本郷が、立像の制作を強く希望し、14年後の昭和47年に釧路市に建立された。


左に「勇払千人同心」の侍と女性 中心に石川啄木の立位像

 二階に上がると、フロアの真ん中に、広島の原爆投下の惨状を伝える「嵐の中の母子像」のブロンズ像がある。この像は、野外彫刻として広島市平和記念公園と道立近代美術館に置かれている。胸と背中に子供を抱え、立ち上がろうする極限状態に陥った母の姿を見て、声を失ってしまった。


「嵐の中の母子像」のブロンズ像

 中東戦争やベトナム戦争に触発された本郷が取り組んだ「無辜の民」は、十五点の小品であるが、高い評価を受けている。戦禍で家を焼かれ、土地を追われた人々の訴えを、布に覆われた全身像として表現した。この中の一作品の「虜われた人」が、3メートル大の像となり、石狩浜に開拓者慰留碑として置かれている。
 石狩浜は、開拓民が希望を持って船で上陸した場所だが、厳しい環境下で、志なかばで倒れていく民も多かった。名も無き開拓民の無念さを表現している。大通公園の威厳がある政治家や軍人の像とは、やはり一味違う。

 本郷は、明治38年(1905)に札幌市北3条西2丁目で生まれた。父は札幌農学校卒業後に種苗園を経営、母は札幌スミス女学院の出身だ。幼少時には、両親が所属した北辰会(現北1条教会)に通い、自由な気風の環境下で育った。大人になり、画家志望だったが、両親の許しを得られず、東京高等工芸学校(現千葉大学工学部)に進学する。ロダンを中心とする近代彫刻を学んだ高村光太郎と出会い、官展のアカデミックな彫刻界には見えにくい、芸術としての本来の姿に惹かれていった。

 戦没した学徒兵の遺稿集「きけ わだつみのこえ」や、北海道開拓の土台となる先人たちをモチーフとした「風雪の群像」の野外彫刻は、京都市や旭川市に置かれているが、誤解から非難や爆破もされた。本郷の人生そのものを否定する行為だったが、それでも彼は、芸術的良心を唱え、一歩も引かない姿勢を貫く。社会性を意識しながら、彫刻を制作したのは、日本では本郷が初めてである。さらに、今まで馴染みの無かった野外彫刻も、全国に広めていく。

 彼の手による野外彫刻は、北の稚内から南の鹿児島まで50点以上に及ぶ。今では何気なくその土地の風景の一部となっているが、それぞれの「想い」が秘められているのだ。
是非、この美術館を訪れて、本郷の作品とその想いを堪能してみよう。

利用案内
住  所:札幌市中央区宮の森4条12丁目2
電  話:011-642-5709
開館時間:午前10時~午後5時
休 館 日:月曜日(祝日の場合は翌日休)年末年始
観 覧 料:大人300円(学生200円)

付近の見どころ:
大倉山ジャンプスキー競技場
1972年(昭和47年)に開催された札幌冬季オリンピックで90メートル級ジャンプ競技、現在では、ラージヒル競技場として利用されている。
リフトで頂上まで上ると、札幌都心部の風景が眺望できる。

文・写真 河原崎 暢

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