森喜朗元首相が、9日のBSフジのテレビ番組で北方領土の3島返還に言及したことは、戦後67年一進一退を繰り返したこの問題を前進させることに繋がるのかどうか。北方領土の玄関口、根室市では政府の外交交渉の結果、4島が結果的に2島になり3島になってもまとめれば従うという市民の声が多い。元島民の平均年齢も78歳になり存命している人の数も年々減少している。「戦後70年を迎える2015年までには道筋を付けて欲しい」(元島民)というのが一世たちの切実な声だ。(写真は、北方領土問題の前線基地でもある根室市役所)
 

 ロシアの北方領土に対する姿勢は昨年、プーチン氏が再び大統領に就いたことで変化の兆しがあった。安倍政権が誕生した昨年末にも、プーチン大統領は『北方領土問題について日本側パートナーと建設的な交渉を期待している』と述べ、踏み込んだ表現で解決に向けた姿勢を強調。これまでにないシグナルが発せられている。
 
 こうしたロシアの変化は、米国のエネルギー問題も関連している。米国はこれまで世界最大の原油輸入国だったが、シェールガス、シェールオイルの商業生産化が進み、一気に原油輸出国に躍り出る可能性が出てきたからだ。
 
 ロシアは豊富な天然ガスを欧州に輸出してきたものの、欧州がエネルギー安全保障の観点から他国調達の比重を上げ年々その輸出量は減少、米国が輸出国として世界のエネルギー需給のカギを握る存在になればロシアは劣勢に立たされ、輸出先を失うことになりかねない。また、日本がTPP(環太平洋経済連携筐体)に参加すれば、サハリン天然ガスの日本への輸出にも支障が出かねない。
 
 こうした米国発のシェール革命は、ロシアの大国としての存在を脅かしかねないという訳だ。
 
 北方領土問題にロシアがこれまでと違うスタンスで臨むシグナルを出しているのは、エネルギー戦争の複雑な利害得失に有利なように楔を打つ狙いもあるようだ。
 
 21世紀はアジアの時代、即ちアジアの中間層化が加速すれば大量消費が生まれビジネスチャンスは大きく広がる。ロシアにとってアジアシフトは必然の流れであり、その中で組める相手は中国でも韓国でもなく日本というのはロシア中枢の考え方に他ならない。
 
 しかし日ロ間には平和条約が締結されておらず、未だに双方に疑心暗鬼があってパートナーと言える状況にはない。平和条約締結には北方領土問題の解決が不可欠で、戦後67年耐えてきた日本がようやくこの問題で交渉をリードできるチャンスが巡ってきたと言える。
 
 そうした中での森元首相が特使としての訪ロを前に言及した択捉島を除く3島返還は、ロシア側の出方を見る観測気球としては確かに時宜を得たものだろう。
 
 択捉島や国後島、色丹島、歯舞諸島の北方4島は、終戦後の9月2日に当時のソ連が侵攻して以降不法占拠が続いている。約1万7000人いた島民は、強制的に島を追い出され財産はすべて没収された。1951年のサンフランシスコ講和条約でも国際的に北方4島は日本領とされたが、ソ連は既に自国領土にしていたとしてこの条約には署名していない。
 
 現在、ロシア国民が住んでいるのは国後と択捉島でその数は約1万6000人。色丹島とは歯舞諸島には定住していない。
 
 日本政府は4島一括返還の姿勢を変えていないが、日ロ双方が互いに国民世論を納得させる大義名分を掲げたうえで現実的な対応が必要となる。元島民の大半は4島一括返還を望んでいるもののそれに固執している訳ではない。「4島は島民のものではなく、日本の領土であり外交交渉で返還が4島にならない場合でも政府決定に従う」(元島民)としているからだ。
 
 ただ、3島返還の考え方が先行してしまうとロシア側を利することになりかねない。4島一括の旗を降ろさず国益を最大限に確保できる現実的な返還交渉でなければならない。
 
 元島民は、「森さんは鈴木宗男さんと2島だ、4島だと一緒にやってきた人。今回、森さんが発言したことに返還運動が振り回されることがないようにしたい」と言う。
 
 間もなく、2月7日の北方領土の日を迎えるが、北方4島一括返還でまとまっている47都道府県の国民世論が壊れかねない森発言に困惑する根室市民もいる。ロシアに向けた観測気球が逆に日本のタガを緩ませてしまうことになっては元も子もない。
 
 戦後67年、政治家の発言に揺さぶられてきた根室市民は森発言を冷静に受け止めている。


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