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 「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
 第57回は、弟子屈町の「大鵬相撲記念館」です。ぜひご愛読ください。

(合田一道)

■第57回 大鵬相撲記念館
-弟子屈が生んだ名横綱の業績-


大鵬相撲記念館全景

 JR釧網本線の川湯温泉駅からバスで10分ほどのところに、48代横綱大鵬の業績を称える「大鵬相撲記念館」がある。1984年(昭和59年)に、「弟子屈町川湯相撲記念館」として開設したが、2013年(平成25年)3月より現在の名前に改称された。
 記念館は、大鵬の少年時代から現役及び親方時代に関する資料約400点を、展示している。館内に入ると相撲甚句が流れる。右手に聳える現役時代の大鵬像があり、相撲に関する文献を集めた「大鵬文庫」がある。さらに、日本相撲協会の協力で再現した小さな相撲櫓、板番付がある。
 少年時代及び入門時代の展示コーナーは、大鵬の少年時代と入門時の様子を写真で紹介し、明け荷、スーツ、着物、下駄、雪駄、落款、白の注連縄が展示されている。さらに正面には鉄砲柱があり、見学者も実際に体験することができる。近くには呼び出しの人形があり、本物と見間違うほどである。


館内の展示物1:小さな相撲櫓と板番付。

 大鵬幸喜こと本名納谷幸喜は、1940年(昭和15年)5月29日に、樺太の敷香町(現在のサハリン州ポロナイスク)で、ウクライナ出身で亡命ロシア人貴族の父ボリシコ・マリキャンと日本人の母納谷キヨの三男として生まれた。1945年(昭和20年)8月の終戦直後、一家は大泊(現在のコルサコフ)から、引揚船「小笠原丸」に乗った。小樽まで乗船予定であったが、母のひどい船酔いのために稚内で下船した。この船は留萌沖でソ連の潜水艦の攻撃に遭い、多数の死傷者を出すことになる。
 1956年(昭和31年)7月、弟子屈営林署に勤めながら定時制高校在学中に、二所ノ関部屋に入門した。1959年(昭和34年)夏場所に十両昇進。翌年幕内に進み、九州場所で初優勝。1961年(昭和36年)秋場所後、柏戸と共に横綱同時昇進を果たす。「柏鵬時代」の到来である。

 横綱時代の展示コーナーは、当時の写真、新聞、雑誌の切り抜きや、手形、直筆サイン、表彰状、大入り袋、星取表、化粧廻などが展示されている。化粧廻しは、日魯漁業から贈られたものと、岸信介元首相の揮毫によるものがある。壁の上部には、毎日新聞から贈呈された32回分の優勝額がずらりと飾られており、そばには関連資料がある。チェコスロバキアからのクリスタルや、ウクライナ大使から贈られた木製の皿と敷物が展示されている。
 1969年(昭和44年)春場所で、連勝記録がかかる前頭筆頭戸田(後の小結羽黒岩)との取り組みに敗れ、世紀の誤審と言われたが、連勝記録は45でストップ。勝負判定にビデオが導入されるきっかけとなった。1971年(昭和46年)夏場所に、小結貴ノ花に敗れて引退。優勝回数は歴代2位。通算成績は872勝182敗136休。横綱在位中の流行語「巨人、大鵬、卵焼き」は、1960年代を象徴している。


館内の展示物2:優勝額は最後に優勝した時のもの。中央の人形は呼び出し。正面の柱は鉄砲柱。右のトロフィーは敢闘賞と技能賞。

 親方時代の展示コーナーは、協会から贈られた水引幕、天皇賜杯のレプリカの展示や、引退相撲の土俵入りと還暦相撲の様子が紹介されている。また、1939年(昭和14年)当時の角界力士直筆サイン、歴代横綱の写真と錦絵、家族の写真、大鵬ゆかりの相撲甚句の紹介もある。その隣は、等身大の三役格の行司の人形がある。人形の衣装は、大鵬が式守綿太夫に贈ったものである。
 出口近くの映写室で、約15分の映画「大鵬栄光の記録」が上映しており、大鵬の当時の活躍を大画面で堪能できる。
 引退後は、一代年寄として大鵬部屋を創設し、6年後に脳梗塞を患うも親方の仕事に復帰。協会の理事や相撲教習所所長に就任。2000年(平成12年)の誕生日には、露払いに九重(元横綱千代の富士)、太刀持ちに北の湖(元横綱北の湖)を従えて、還暦土俵を披露。定年退職後の3年間、相撲博物館館長を務めた。


館内の展示物3:左は水引幕。中央のケースは32回分の天皇賜杯のレプリカ。奥の人形は三役格の行司。右の写真は還暦相撲の土俵入り。

 受賞関係の展示コーナーは、世界人道主義賞、弟子屈町名誉町民、国民栄誉賞の受賞の表彰状と写真がある。さらに、献血車「大鵬号」の紹介もある。引退直前から40年間で、70台もの血液運搬車を寄贈した。
 2009年(平成21年)文化功労者に選任。2013年(平成25年)1月19日、心室頻拍のため死去。享年72。没後に、正四位旭日重光章の追贈と、大相撲関係者として2人目の国民栄誉賞授与。
 大鵬の孫の幸之助が大嶽部屋に入門し、2021年(令和3年)初場所に十両に昇進、四股名を納谷から王鵬と改めた。弟子屈町では、「大鵬世代の町民にも、孫の王鵬を応援してもらいたい」と期待している。

利用案内
住   所:〒088-3465 川上郡弟子屈町川湯温泉2-1-20
電 話 番 号:015-483-2924
開 館 時 間:5:30~21:00(6月1日から10月20日)
       9:00~17:00(10月21日から5月31日)
入 館 料:大人(高校生以上)420円(270円)
      小人(中学生以下)210円(130円) ※( )内は20名以上の団体料金
休 館 日:なし
ア ク セ ス:JR川湯温泉駅より阿寒バスにて、終点の大鵬相撲記念館前で下車。所要時間は約10分

付近の見どころ:
 川湯エコミュージアムセンター
 川湯温泉や屈斜路湖、阿寒湖などの自然、歴史、見所などを紹介するビジターセンター。屈斜路湖の最新映像やジオラマ、クラフトコーナーなどを展示。

文・写真 大渕 基樹

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