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 「北のミュージアム散歩」は、道新文化センターのノンフィクション作家を育成する「一道塾」(主宰・合田一道)の塾生が書いた作品を連載するものです。道内にある博物館、郷土歴史館、資料館などを回り、ミュージアムの特色を紹介しながら、ミュージアムの魅力やその存在する意味を問いかけます。
 第37回は、小樽市の「小樽市総合博物館・運河館」です。ぜひご愛読ください。

(合田一道)

■第37回 小樽市総合博物館・運河館【第一展示室】  ~繁栄の面影を映す~


小樽市総合博物館 外観

 小樽市総合博物館・運河館は、平成19年7月に小樽市博物館から、小樽市総合博物館・本館(小樽市手宮1丁目3-6)の分館として開館した。
 この建物は明治26年に建築された旧小樽倉庫を利用しているもので、第一展示室へ入ると、高い天井に木材の梁と柱が見えて、奥行きのある広さと倉庫独特の香りがする。

 小樽の歴史として、北海道と本州を運航していた北前船の紹介がされている。北前船は江戸時代から明治にかけて、北海道の経済を支えた帆船だ。大坂(大阪)から瀬戸内海や北陸の寄港地で商売をしながら、味噌、醤油、米、煙草、紙など沢山の産物を運んでいた。風が頼りの帆船は、苦労や困難を伴いながら運航し、60日程かけて到着したそうだ。
 船の縮小模型と帆の一部、望遠鏡や縄梯子、船監察(寄港時の身分証明書)に堪定書(売買記録)も展示されている。
 産物の積み出し港を記載したパネルを読むと、当時の海運業の重要性が分かる。隣の硝子張りの中には引札が収められている。江戸中期から明治・大正に広まった宣伝用の広告チラシだ。生活感を色鮮やかに描いた引札を眺めると、遠く離れた土地の日常が伝わってくる。北前船の役割は物資だけではなく、情報も運んでいたのだ。


館内 北前船模型

  部屋の中ほどには、ニシン漁業の漁具や建網模型に体験記などが展示されている。作物の肥料としても活用されたニシンは、小樽の繁栄を支えた産業であることを知る。なかでも、綱入れから出荷に至るまでの一連の作業を描いた『鰊盛業屏風』は精巧な作品だ。多くの人が息を合わせて作業をする姿が克明に描かれている。この屏風は六曲一双の全幅8メートル程あり、米国セントルイス万国博覧会(1904年)に出展した作品でもある。この年は日露戦争の最中で、資金不足の明治政府が参加したことに、何かしらの意義や思惑があったのではないかと感じた。


鰊盛業屏風画

 小樽は明治後半から昭和にかけて樺太も商圏に納め、国際航路も開かれた港には様々な物資とともに華やかな文化も入ってきた。その頃、映写機やカメラを購入した裕福な商人が中心となり映画愛好会が作られた。市内の公園では、貸し自転車が営業され、女性や子供が楽しめるスポーツとして自転車が利用された。そうした市民の暮らしを彷彿とさせる写真が展示されている。花開く市民文化を主題とした資料もあり、商都として栄えた小樽の足跡が読み取れる。

 奥には、明治末から大正に栄えた実物大の商家の復元コーナーがある。通路を挟んで右側に瓦ぶきの海産物店があり、防火の為の壁は軟石で、窓枠は鉄で作られている。後方に人力車が置かれ、全体的に眺めると和風な佇まいが印象的だ。左側には西洋風の建物が見える。上げ下げの窓で、壁はペンキ塗りの横板張りになっている。
 外国製品をそろえた西洋小間物店は、木張りの床に椅子を使用している。英文タイプライターや手回しミシン、パナマ帽にステッキ、ラジオ、レコードに蓄音機など、その頃には目新しい物が展示されている。また、古い電話やオルガンに触れることもできる。
 商都の繁栄を映し出す歴史的な遺産にふれると、時代を先取りしていた商人たちの、先見の明を感じさせる。


商家のコーナー

利用案内
所 在 地:小樽市色内2丁目1番20号
最 寄 駅:小樽駅 小樽運河方向へ徒歩10分
開  館:AM9:30~PM17:00
休 館 日:年末年始 臨時休館有り
入 館 料:一般300円 中学生以下無料
T E L:0134-22-2350
総合博物館本館へも入館できる共通入館料有り(二日間有効):一般500円

付近の見どころ:
市立小樽文学館
昭和52年に開館した市立小樽文学館では、小樽をゆかりの地とする作家たちの、文芸誌や原稿などが写真とともに展示されている。小樽駅から徒歩9分。

文・写真 雪乃 林太郎

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