札幌商工会議所、北海道商工会議所連合会の主催による第6回北海道経営未来塾公開講座が11月2日、札幌市中央区のホテルさっぽろ芸文館で開催された。今年度の経営未来塾で最後の公開講座になる今回は、住友林業(本社・東京都千代田区)の矢野龍会長(77)が登壇。『真心と闘争心の経営』をテーマに1時間半講演、約150人が聴講した。IMG_8982(写真は、北海道経営未来塾公開講座で講演する矢野龍・住友林業会長)

 住友林業は創業が1691年で、今年が326年目。矢野氏は17年3月期の売上高が、1兆1000億円であることを紹介。3年以内に売上高を1兆5000億円、5年以内に2兆円を目指すと述べた。また、海外比率は3年以内に50%、5年以内に75%にするとした。
 2041年の創業350年には、「再生資源である森林を大切にし、持続可能な社会の実現に挑戦する世界に冠たる森林会社になることを目指している」と胸を張った。

 矢野氏は自身の生い立ちにも触れた。ロシア国境に近いアムール川近くの旧満州に生まれ、5歳で終戦。兵役に取られた父は36歳で戦死。当時、32歳の母が8歳の姉、3歳の妹、長男の矢野氏を連れて引き揚げ、母方の実家に近い山口県美祢市の山中で子供時代を過ごした。水車小屋を借り親子4人、せんべい布団で寝る毎日。白いコメは年に1~2度しか口にできず、たまに村で獲れたうさぎやイノシシのお裾分けが唯一の肉だったという。

 そこで小学校から高校まで過ごし、「かろうじて合格した北九州大学(現北九州市立大学)」(矢野氏)で英語を学ぶ。卒業後は駐在員枠のあった住友林業に入社した。「東京外大など7人が駐在員枠を目指したが、どういう訳か私1人が採用された。あとでその理由を聞くと『矢野は元気で明るく、土方仕事に最も向いている』というものだった」

 数年後に米国シアトルに駐在、ヘリに乗って上空から森林を見て良いと思ったら落札して伐採、日本に送る。「当時日本は1億円以上が社長決裁だったが、米国では10億円以上の商売を私1人で決めていた」
 そのころの住友林業は米国からの木材輸入で国内12位だったが、矢野氏は3年以内に1位になると目標を決め、事実3年後に同社が米国木材輸入の1位になった。

 38歳で米国住友林業社長になったが、訴訟に見舞われる。しかし、矢野氏には一点の曇りもなかった。和解を勧める本社に頑として首を縦に振らず、最悪、敗訴した時は1億円の賠償金を自分で払う覚悟だった。
 その後、判決が出て矢野氏が勝訴。しかし、矢野氏は自身をバックアップしてくれなかった住友林業という会社に未練はないとして辞表を出す。「正しいと思ったことは貫き通すことが大切」と矢野氏。結局、住友林業から3年間は在籍して欲しいと要請され、その後、この問題はうやむやになったようだ。

 矢野氏は、「会社の目的は継続、永続させることで利益はその手段。そのために経営者には高邁な志と高いハードルが必要だ」と述べ、少なくとも数年後に3倍~5倍の目標を自らに課すべきだと訴えた。「闘争心と真心をもって一生懸命に取り組めば高いハードルであっても達成できる」と結んだ。
※2017年11月6日記事一部訂正しました。


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