札幌市内で9日に行われた「空港運営戦略フォーラム」のシリーズ4回目は、コンセッションで先行している関西エアポートの山谷佳之CEOの講演内容をお届けする。関西国際空港と伊丹空港の2空港を擁する関西エアポートは、関空発足時から続いた苦しい経営環境によって醸成された地域の一体感がベースになっている。山谷氏の講演からコンセッションのポイントが見えてくる。IMG_7757(写真は、講演する山谷佳之氏=右。左はエマヌエル・ムノントCo―CEO)

「2016年4月1日から関西空港と伊丹空港のコンセッションが始まった。国などとコンセッションの契約をしてから16年4月まで約3ヵ月しかなく、様々な権利関係の書き換えで忙殺された。その間、200を超える許認可の書き換えも行った。関空、伊丹空港の職員の転籍手続きもしなければならなかったが、ミーティング等をして殆ど全員が新しい会社に来てくれた」

「1年半経って、なぜ民営化がうまくいっているのか。以前の新関西国際空港が関西エアポートにきちんと橋渡しをしてくれたことと地域や行政、株主、エアラインが関西エアポートと一緒にやっていこうとする協力関係があることが非常に大きい。これがなければこの1年半を上手くやれなかった」

「関空の開港は1994年9月。すでにバブルは崩壊し経済環境が厳しい中でスタートし、99年までものすごく苦しかったと思う。99年に第2滑走路の工事に着手したが米国のテロ事件、湾岸戦争などによって空港利用者数は低下。その後、頑張って盛り上げていくが、今度は08のリーマンショックが起きて再び利用者は低迷した」

「4000m滑走路と3500m滑走路を持ち24時間の素晴らしいインフラがある関空をどうしていくのか。そういう中で国の観光立国宣言やオープンスカイの施策によってエアラインにどんどん来てもらおうということになった。合わせてビザ緩和、免税、LCCの就航などによって徐々に持ち直していった」

「2012年に関空と伊丹の統合法が議論されて関空と伊丹を統合しようということがベースにあってコンセッション方式が出てきた。コンセッションは16年から始まったが、それ以前の段階で地域が大変な苦労をしてコンセッションという方向性を見出し、そこに橋渡ししようという意識が強かったことがある」

「経営者がいくら頑張ってもそれだけでは会社は回らない。空港インフラを活性化させるために重要なことは、経営者はもちろん頑張るがすべての従業員が前向きにやろうという意識になることが重要。従業員一体となってコンセッションを前に進めていこうと考えている」

「関西地域の発展と関西エアポートの成長が一心同体であるという関係作りが必要であって、過去に苦しい時期があったからこそ現状はうまく回転していると思う」

「コンセッションは順調に進んでいるが、国際的な紛争や大災害があった時に落ち込むのは事実。いくら経営者や従業員が頑張っても利用者は落ち込む。その時にこそ空港と地域社会が一体となって明るい未来は必ず来ることを信じて諦めずに努力を続けることが必要。そういう良好な関係がコンセッションには一番重要だ。運営期間は44年あるが、今が良いからといって喜ぶ考えはない。今後いろんな波風がある時でも皆さんとともに乗り越えていくのがコンセッションだと思っている」

「2025年の万博誘致でヴァンシ・エアポート(関西エアポートに40%出資)の本社があるパリと大阪は競争をしている。ヴァンシはどっちを応援するのか。当然大阪を応援することになる。オリックス(関西エアポートに40%出資)は応援するけどヴァンシは嫌だということになっては、地域にコミットできない。そういったことで歩調を合わせていくことを曲げてはいけない」
 次回は、仙台国際空港の先行事例を紹介する。


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